視線

私が高校に通っていたころの話。

その高校の特別棟は教室棟と比べるといささか古いのは確かだが、それにしてもとにかく暗かった。
なぜ暗いのかはわからないし、友達にそれを伝えても「日当たりじゃない?」と適当に流される。
そして、特に嫌な場所として認識していたのが3階にある男子トイレだった。

二年生の二学期も終わりに近づき、冬休みが迫ってきた。
そんな時期に放課後の清掃の担当がそのトイレになった。
まぁ一人ではなく班で、しかも比較的仲の良い友人もいたのでさほど不安はなかった。
しかし、掃除の説明をしていた先生がこんなことを言った。
「小便器の水は流さないでください。流れなくなっているので」
ふつうこういうときって「詰まっているから」とか理由を話すじゃないか。
なので「どうして」と尋ねると、
「用務員さんも理由がわからないらしくてな。今度業者を呼ぶんだ」
とのこと。

そんなこんなで清掃が終わり、はい解散となった。
しかし、そこで私は催してきたのでそのトイレに入ってしまった。
突然の便意で慌てていたので大便器に腰かけ用を足すまで、先ほどの話や嫌な感じのことは忘れていた。
用を足し終えホッとしたと同時、背筋がぞくっとした。
なにかの気配と視線。 入口の扉は開けるときにギィィィと音がするので誰かが来れば気づくはず。
しかも、気配と視線は一つではなかった。
さらにその気配は扉の先からこちらの位置を見抜いている。
無数に近い視線が、正鵠にこちらを射抜いている。
恐怖で音を立てるのが恐ろしく、しかしここにずっといたくはなかったので静かに紙を巻いた。
そして拭いたあと、流すと同時に飛び出し、目を瞑り、走って外に飛び出した。
それからは掃除の時以外は極力近寄らないようにし、決して一人で入ることはしなかった。

冬休みが明けて三学期の初めての掃除は二学期の清掃担当場所と同じ場所。
長い休みを経てもその場所に行くとあの視線が思い出されそうで内心嫌々だった。
しかし、あの嫌な感じはどこか薄まっているように思えた。
先生が来て掃除を始める前に「小便器流せるようになったから」と、さらっと言った。
私が聞く前に友人が「何が原因だったんですか」と尋ねた。
すると先生はバツが悪そうな、言いたくなさげな顔をして、
「冬休みの間に業者の人が来て、パイプの様子を見るためにこのトイレの天井に上ったんだ」
「そうしたら、いろんな種類の鳥の死骸があたり一面に散らばっててな」
「とりあえずその業者と用務員さんがそれをどかしたらしい」
「そして、パイプを調べたら異常はなし。試しにボタンを押したら水が流れたそうだ」

あの視線は鳥たちのものだったのか。
誰かにここにいることを知らせたかったのか。
しかし、不気味な謎が残ります。
どうして鳥たちはあんな場所で固まって死んでいたのでしょうか。

朗読: 榊原夢の牢毒ちゃんねる
朗読: 読書人流水

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