今から約27年前、私が高校一年生の夏に、兄から聞いた話です。
当時、兄は大学一年生でした。
私の地元は地方の過疎化が進んだ小さなド田舎で、東京の大学に進んだ兄は、都内にアパートを借りて一人暮らしを始めました。
兄と離れて暮らす日常にも慣れてきた夏休み、お盆になると兄が久しぶりに帰省してきました。
楽しい大学生活の話、面白い教授の話、彼女の話、サークルの話を色々と聞かせてくれました。
その中で、兄が入ったサークルのキャンプの時の話が怖かったので、書かせてもらおうと思います。
兄が入ったサークルは、夏場はアウトドアや登山、冬場はスキーやスノーボードといった活動内容でした。
兄たち一年生にとって初めての活動であるキャンプは、最初からテンションが上がりっぱなしだったそうです。
そのキャンプについては、サークルの毎年の恒例行事で、サークルに入った一年生だけでその場所に行き、後でその感想をサークル内の先輩達に報告するというものだったそうです。
キャンプ場は、大学側が安く買い取ったらしい多目的の施設があるとのことで、北関東の山奥にあるその場所に向かいました。
元々その施設は、製薬所の研究所のようなものらしく、山の中にちょっとした広場と、近くに古い木造の二棟の寝泊まりできる建物がありました。
建物は、四畳半程度の部屋が6部屋とトイレがあるだけのもので、人数的にも問題なかったため女子と男子で分かれて一棟ずつ使うことにしたそうです。
施設の使用申請を大学側にしてあるので、電気は使えるようになっていたそうです。
兄たち男子が使った棟は、六部屋のうち一部屋は物置としてまだ研究所の頃の道具や機械が置かれていたので、実際に使える部屋は5部屋だったそうです。
物置き部屋は棟の一番奥にあり、夜になって兄たち男子9人がそれぞれ部屋の配分を決めて、自分の部屋に荷物を置いたり持参した寝袋を広げたりしました。
そのうちに、男子の一人が「あの物置き部屋、研究の道具って一体どんなものがあるんだろう? 見に行ってみないか?」と言い始めました。
兄と他の男子は、研究所と聞いて思いつくのが試験管とかフラスコ、顕微鏡くらいだったので、実際には見たことが無いような道具があるのかもしれないという単純な好奇心で、みんなで見に行ってみよう! となったそうです。
言い出しっぺのA君が先頭で、ぞろぞろと道具部屋に向かいます。
部屋のドアには鍵はついておらず、簡単に空きました。
部屋の入り口すぐそばに電気のスイッチがあるので電気をつけると、部屋の中には白い布をかぶせてある無機質な鉄製のものがいくつか置いてありました。
兄たちは、丁寧にかぶせられた白い布を見て、「案外きれいに収納してあるんだね」なんて言いながら白い布を少しめくってみたりしたそうです。
どんなものがあったのかはわかりませんが……。
部屋の奥の方に、白い布が被り切れていない二本の筒のようなものを見つけました。
筒の太さは「トイレットペーパーの芯くらい」だったそうです。
色は黒くて、ちょうど双眼鏡のように見えたそうで、筒が付いているであろう本体は白い布が被されていました。
A君が「なんだろう? 双眼鏡みたいな形してる。覗いてみない?」と言いましたが、兄たちは「あまり触ったりいじったりして壊れたら大変だよ、それになんか気味が悪いよ。部屋に戻ろうよ」と言って部屋のドアを開けた状態でA君が戻ってくるのを待ちました。
A君は、「つまんないのー。じゃあ、俺が見てみるからみんなはそこで待っててよ。俺もちょっと怖いし」とか言って兄たちが止めるのを聞かず、その筒を両手で握りました。
双眼鏡に見えるだけあって、双眼鏡を覗くように両眼を近付けます。
「何も見えないなぁ、レンズとかは付いてないのかなぁ。これ、顕微鏡じゃないのかな」とA君は独り言を言います。
兄たちは「何も見えないならもういいじゃん、戻ろうよ」と説得します。
夜中の時間です。疲れて眠いのもあるし、兄たちは異様な雰囲気に怖くなっていたそうです。
「もうちょっと……」と言ってA君は顔の角度を変えたりしながら覗き続けて、顔の動きを止め、ジッと覗くと、
「わぁあっ!」と短く叫び、何かに弾かれるように顔を筒から離し、上体を後ろに逸らすようにして尻もちをついたそうです。
兄たちはA君の叫び声にビックリして一斉に部屋から出ました。
部屋の中に入り切れずに待機していた数人の男子はわけがわからず、部屋の中で赤ちゃんがはいはいする形になっているA君を引っ張って、その部屋から一番離れている部屋に駆け込みました。
そして、ゼイゼイ息を切らしているA君が落ち着くのを待って、何があったのかと兄たちが聞くと、A君は歯をカチカチ鳴らして震えながら「眼、眼があった! 最初は何だろう? と思ったけど、両眼が、瞬きっ! 瞬きしたからっ、だから、あれは眼っ、両眼、俺の眼を見てた!」 と怯え切って話してくれたのだそうです。
その夜は男子たちみんな恐怖に陥って、四畳半の部屋に男子9人でギュウギュウ詰めになり、たまたまA君の隣に座っていた兄はA君に頼まれてA君と手を繋ぎながら朝を待ったそうです。
「あの無機質な冷たい部屋の空気も、A君の体験も怖かったけど、男子9人の熱と汗とA君と俺のヌルヌルした繋いだ手のことが一番思い出したくないよ。アハハ」 と、最後は兄は笑って話し終えました。
キャンプでの話なのにキャンプらしい描写が無いですが、兄がそこら辺を端折って話してくれたことが、兄からしてもとても怖かったんだなと感じられて、私もゾーッと寒くなりました。
つたない文章で理解しづらいかと思いますが、ご容赦いただけたら幸いです。