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緑色の神社

長い話になるので、時間があるときに読んでもらえたらと思う。

「お前、緑色の鳥居がある神社って知ってるか?」

ある日、私は先輩から急にそんな事を聞かれた。
もちろん聞いたことがないと答えると、先輩はなにやら嬉しそうな顔をした。

先輩の話によると隣町の山に、その緑色の鳥居というのはあるらしい。
実際のところ、先輩も聞いた話なので本当にあるかどうかは知らないという。
ただ、先輩はとても興味があると興奮気味に話をしていた。
その興奮に押し切られるように、その晩、私は先輩とその鳥居を探しに行くことになってしまった。

夜、迎えに来てくれた先輩の車に乗り込むと、車内では都市伝説や怖い話を嫌というほど聞かされた。
私はそこまで怖いのが嫌いというわけではなかったので、楽しそうに話す先輩の話を止めることはせず、ただ流して聞いていた。
そうするうちに、噂の山へと入っていった。

さすがに山道は暗く、時折思い出したように外灯が心もとなくあるだけだった。
しだいに道はコンクリートから土に変わり、空き地にたどり着いた。
どうやら車で登れるのはここまでで、ここからは徒歩で探すしかないようだ。

「先輩、夜の山なんて危ないですよ。何が出てくるかわかりませんし、この先はまた明日にでもしましょうよ」
私がそう提案するものの、身支度を済ませた先輩は車のドアに手をかけていた。
「何言ってんだ、何が出てくるかわかんないから楽しいんじゃないか」
その言葉に呆れたものの、先輩を一人で行かせるわけにもいかないと思い、私も車の外へ出た。

空き地の隅には、山の奥へと続く道がひっそりとあった。
外灯も空き地の入り口に一つあるだけなので、当然その道は真っ暗だった。
自分で持ってきた懐中電灯を頼りに道を進んでいると、ふいに前を歩いていた先輩が足を止めていた。

「どうしたんですか?」
「いや、なんかもう道っていう道がないんだよな。雑木林って感じだから探し回ることはできるけど、今いるこの帰り道を見失っちまいそうでさ。どうする?」
「どうするって、遭難なんて嫌ですから今日の所は帰りましょうよ」
「それもそうか」
ため息交じりに先輩はつぶやくと、意外とあっさりと来た道を引き返したので、私は安堵しながら先輩の後について道を下った。

「実際、緑色の鳥居なんてあるんですか?あんな山の中、昼間に来ても見つかる気がしませんよ」
車に乗り込んだ私は先輩に素直にそう言った。
「うーん。でもあるなら見たいじゃん」
「そりゃ、あれば、ですけど」
このまま無闇に探しても見つからないだろうと感じていた私は、あえて不機嫌そうに返事をした。

しばらく車で山を下りていると、なにやら路上に黒い影が見え始めた。
「おい、あれなんだと思う?動物、じゃない、うわっ、爺だ」
先輩はライトに照らされた影が人間だとわかると、慌てた様子でブレーキを踏んだ。
それに私も驚き、急ブレーキに揺られながら前を見ると、見知らぬ爺さんが怒った顔で車にずんずんと近づいてきた。

「いや、これはやばいですって。早くかわして逃げましょうよ」
という間にも爺さんは車の横に来て、運転手側の窓を勢いよく叩いてきた。
「貴様ら!神社に行ったんけえ?!早く窓開けえっ!!」
早口にそんなことを言いながら窓をガンガンと叩かれる。私も先輩も恐怖と戸惑いで固まってしまっていた。

「早く開けえって言ってんだ!」
爺さんは外からドアを開けようとしたのか、ドアノブをガチャガチャと壊れるんじゃないかと心配になるほどに動かした。
先輩がそれに恐怖したのか、諦めたのかわからないが、震える手で窓を開けるボタンを押した。
先輩何してるんですか、と言おうとした瞬間、爺さんのほうから思いっきり水をかけられて言葉を失った。
いや、水ではない。口元についた液体と香り、爺さんが手に持っている酒瓶を見るに、それは日本酒だった。

「貴様ら!神社に行ったんけえ?!」
窓から入ってくるのではないかと思うほどの勢いで、容赦なく頭に酒を浴びせながら爺さんは叫んだ。
「い、行ってないっす」
先輩は消え入りそうな声でつぶやいた。

「こんな夜分に山に入ってく車があったから待っておったんじゃ。あの神社へ入ってたら絶対に帰す訳にはいけん!二度と来るなっ!」
それだけ言うと爺さんは踵を返し山を下りて行った。


私と先輩は放心状態のまま、しばらくお互いに口を聞けなかった。
その後、少しずつ気持ちが落ち着いてきた私は、深く息を吐いてから先輩をうかがった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……大丈夫なわけないだろ。山姥の爺バージョンに襲われて、喰われることも覚悟したわ」
乾いた笑い浮かべて、先輩は道の先を見つめた。カーブで曲がったのか爺さんの姿はもう見えない。
「どうする、今このまま山を下れば、またあの爺を拝むことになるぞ。爺の口ぶりからして、この山に例の鳥居があることは間違いない。
お前、本当にあるなら見たいって言ってたよな」
「先輩、今から山に引き返すとか言いませんよね?まだ死にたくないんですけど」
「……冗談だよ。俺もそんな体力も気力も残ってるわけないだろ」
これは先輩なりの気遣いというか、冗談を言えるだけ復活したというサインなのかわからないが、私は素直に安堵した。

結局、どこで爺さんが見張っていたかはわからないが、爺さんの顔を見ずにその日は無事に山を下りた。


次の日、驚いたことに先輩から「今から昨日の山へ行こう」と誘われた。
昨日あんな怖い思いをしておいて、こいつは何を考えているのかと耳を疑ったが、
「あそこにあるのは事実なんだよ。だから確かめに行かないと! 俺を待ってるんだよ。早く行かなくちゃ」
などと妙に明るいテンションで言い出したので、余計に怖くなった。
絶対に行きたくないと思いつつも、突き放した返事をするのも怖いので丁寧に理由をつけて
「今日はどうしても行けません」
と伝えると、何度か食い下がってきたが最後は諦めてくれた。

この時、これで先輩も行くのを諦めてくれたのだろうと思い込んだ私がバカだった。


その次の日、先輩が亡くなったとこを友人から聞いた。
死因としては、山での不注意による事故で出血多量とのことだった。
私が混乱して何も言えずにいると、友人は声を潜めた。
「でも、実際はそうじゃないんだよ。お前、一昨日先輩と山に行ったらしいじゃん? 大丈夫? 何かあった?」
その回答にあの日の出来事を伝えると、
「お前も災難だったな、実は昨日さ……」
と私が先輩と別れてからの出来事を教えてくれた。


ここから先は友人から聞いた話になる。
私が先輩を誘いを断った後、先輩はこの友人に「山へ行こう」と声をかけた。
詳しい事情も知らないまま、強引に誘ってくる先輩を断り切れずに一緒に山に行くことになったという。

誘われた時点で嫌な予感はしていたが、山に入ってからその予感はどんどんと増していった。
山を登っていくにつれて先輩は我慢できない様子で「ふふ、ふふふ」とこらえ笑いを繰り返したそうだ。
友人は「どうしたんですか?」「もう帰りましょう」と連呼するも一切聞こえていない様子だった。
先輩が運転をしていたので車から降りることもできずに、この時は泣くかと思った、と友人は苦笑いしていた。

山の空き地につくと、先輩は友人を置いて早足で山道を上がっていた。
無理やり連れてきて、置いてけぼりにする先輩を放っておこうかとも考えたが、後でどやされるのも嫌だし、
何よりいつもと様子が違う先輩が心配だったので、友人は仕方なくついていくとこにした。

しばらく先輩の後について山を登っていると、急に先輩が飛び跳ねながら「あった、あった」と喜び始めた。
何があったのかと前方を見上げると、木々の合間に異様な建物が見えた。ツタに覆われているが、緑色の神社のようだった。
それに気が付くと、もっと手前に鳥居も発見した。
こちらも苔むした木々に擬態するように緑色に塗られ、ツタに覆われていた。
本能的にこれ以上近づいてはいけないと思ったそうだ。

鳥居に触れようとする先輩にも注意をしようとしたその時、背後から物凄い速さで駆け上がってくる気配を感じた。

「貴様らぁ! とまれぇ、触るんじゃない! とっとと下りてこい!」

振り返るとこれが鬼の形相か、と思うほどに怖い顔をした爺さんが酒瓶を振り上げて近づいてきた。
これに友人は腰を抜かしてしまったらしい。
殴り殺されるかと覚悟したが、爺さんは通りすがりに友人の頭に酒をかけるだけで、すごい速さのまま先輩の元へ向かった。
友人があっけにとられていると、爺さんは先輩の胸ぐらをつかみ、頭に酒をぶちまけながら先輩と鳥居を引きはがした。

その後、手早く先輩の手を縛ると、暴れる先輩を引きずるようにして友人の元へ降りてきた。
なにやら念仏を唱えていたのか、ぶつぶつ唱えるのをやめた爺さんは袋から白い小さな固形物を取り出し、友人に差し出してきた。
「塩飴みたいなもんだ。噛まずになめながらお前もついてこい」
それだけ言うと、また念仏を唱えながら先輩を引きずって山を下りた。

爺さんに連れてこられた場所は山のすぐ下にあるお寺だった。
そこで、しめ縄に囲まれたゴザの上に座らせられると、また酒と塩をかけられながら念仏を唱えられた。
自分が何をしてしまったのか、これから何をされるのか、先輩はどうなってしまったのか、 恐怖に頭がパンクしそうになりながら、友人はされるがままに爺さんに従っていた。
すると先輩が急に暴れだし、立ち上がったと思えばしめ縄を飛び越えてしまった。

その時のことは何が起こったのか、今でもよくわからないという。

しめ縄を飛び出した先輩は、何もない虚空から何かに切りつけられたように血しぶきをあげて倒れ込んだ。
「ちっ、逃げられなかったか」
そう爺さんは呟くとすぐさま救急車を呼び、先輩は病院へ運ばれていった。

何が起きたのか、あの神社は何なのかを友人が爺さんへ問い詰めると、
もう二度とこの山には来ないことを条件に渋々話を聞かせてくれたという。

まず、あの神社は呪われているということ。

もう何十年も前の事。
ある日、あの神社の宮司が何かに取り憑かれたかのように暴れだしたのが始まりだそうだ。
祭事の途中だったらしいのだが、神具の日本刀を片手に次々と巫女や従者たちを切りつけた。
如何にしてでも止めなくては、と一人の従者が刃物で宮司の腹を刺したが、その後も宮司は血を流しながらも次々と従者を切り殺し、その場は地獄絵図だったと伝えられている。
命からがら逃げだして来た者も、数日後には不可思議に切りつけられて死んでしまったという。

そして事件後、神社へ見に行った者の話では、どこを探しても宮司の死体は見つからなかったそうだ。
その凶悪な行動と突発性から、宮司は狐に取りつかれたのではないかという噂が広まった。

それからというもの、あの神社に立ち入ったものは誰彼構わず切り殺されてしまうというのだ。
もちろん、殺されてしまった巫女や従者を弔うために神社へ入った者も、葬儀に間に合うか合わないかで死んでしまっている。
このままではキリがないと話し合いの結果、死を覚悟した者たちが神社を取り壊すことに決まった。

しかしそれはあっけなく失敗したそうだ。
神社側が殺意を感じてしまったのか、取り壊しのメンバーは神社に辿り着くこともできずに切り殺された。
これでは、何度取り壊しの計画を立てても同じ結果になってしまう、と取り壊しの案はなしになった。

ともなれば、このまま放置して寂れさせるしかないと鳥居の前に立ち入り禁止の札を掲げ放置することになった。
しかしそれでも神社があるとわかると、人は集まってきてしまった。
立ち入り禁止の札が、風のせいなのか無くなっていることもしばしばあったという。

壊すわけにもいかないが、人から遠ざけなければいけない。
それならば隠すしかない、そう考えたらしい。

手始めに神社の周りに目隠しになるような草や木を植えると、思った以上の効果はあったそうだ。
それでも当時、町の長であった爺さんの先代は安心できなかったという。

「鳥居や建物が朱色であるのがいけない」と言い出したかと思えば、大量の塗料を準備して一人で神社へ向かってしまった。

それきりその先代が帰ってくることはなかったが、家族は誰も探しにはいかなかった。いや、行けなかったそうだ。
それは先代が出かけ間際に「俺が帰ってこなくても、神社に探しに来るんじゃねえぞ」と言ったことと、町の決まりで何人たりとも神社へ行ってはならぬ、と決まったからである。

そうしてあの神社は隠された。
呪いは小さくなっているように感じるが、未だにあの神社は人を惹きつけて殺すという。
先輩は鳥居に触り、半身であれど神社の敷地に入ってしまったから確実に目を付けられてしまったのだろう、 と申し訳なさそうに爺さんは言った。

切り殺されたくなければ、もうこの山には近づくなと念押しされて、お守りを渡され家まで送ってもらったという。


「先輩が行きの車で、お前と山に行ったって話をしてたから、お前には伝えておかなくっちゃと思って」
友人は最後にそう締めくくった。

単なる噂話に惹かれて、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
だからもし、山の中に隠すように佇む緑色の神社を見つけても、近づかないでほしい。
少しでも犠牲者が減りますように。

朗読: 小村彗【小村のお噺会】
朗読: 怪談朗読と午前二時

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