配信にて

これは、私が最近はまっている配信アプリで起きた出来事です。

『──さて今日は、地元でも有名な廃墟へ向かおうと思います!』  
男性の快活な声で始められた一つのリアルタイム配信。
私はそれを、真っ暗な部屋の中で聴いていました。  
時刻はまさに丑三時で、配信者──仮名をAとします──の口調には興奮が混じっているようでした。

現在Aの配信を聴いているのは私一人だけで、自然と一対一で会話しているようになります。
私はAの配信をよく聞きに行くので、Aも私のことは知ってくれていました。
『今日も一番に来てくれてありがとね! 俺の配信って過疎気味だからさ、
こうやって顔を出してくれるの本当に嬉しい。
あ、でも今日は初めての試みだから、もう少し人が来てくれるのを願ってるんだよね』  
Aは楽観的に笑っていました。  

そう。 Aは今日、初めて心霊スポット巡りの配信を行なったのです。
普段は雑談しかしないAですから、私はいつもより興味津々でした。
また、ホラーはネット上において人気カテゴリの一つということもあり、Aの胸中ではおそらく、
今回の配信であわよくば人気者になれることを夢に見ていたのでしょう。

『それじゃ、まだまだ人は集まってないけれど、早速動き出すとしますか。
いざ、廃墟マンションへ向けて!』  
私が手にするスマホの向こうで、Aは、廃墟へ向かう道を歩き始めました。  
Aによると廃墟までの道なりには、墓地や使われなくなったトンネルがあるとのことです。
事前情報を調べていることや興奮を抑えた語り口調から、
Aがこの配信に全てをかけているのだと肌で感じられました。  

その強い想いは誰かの何かに届いたらしく、
Aが廃墟を前にする頃にはリスナーは私を含めて十人以上になっていたのです。
自然とAの口調に熱が入ります。
『やっぱり、ホラーって人を集めるんだなぁ。 初見さんも沢山来てくれてありがとう!
これから俺は廃墟へ足を踏み入れるんだけど、みんなは心の準備できてるかい?』  
Aの問いかけに、集ったリスナーはそれぞれ〈問題ない〉や〈大丈夫〉といった心構えを示していました。
私も彼ら(ないし彼女ら)に倣って、〈突き進んじゃいましょう〉と入力しました。  
もしここで、〈やっぱり止めておきましょう〉と入力していれば、あんなことにはならなかったのかもしれません──。  

Aは満足気に私たちの反応を窺ってから、いよいよ廃墟に潜入しました。
すると先ほどまで遠くで聞こえていた鈴虫の輪唱は掻き消され、Aの周囲には張り詰めた静けさが生まれました。
廃墟の床を踏みしめる音やAの息遣いがやけに鮮明であり、私もその場にいるような錯覚に陥ります。
どうやら他のリスナーも同じだったようです。
『ね? すっかり廃墟の世界に誘われたでしょう?』とAは戯けて言い、言葉を続けました。
『改めてこのマンションを軽く説明すると、かつてここの一室に住んでいた男性がある日突然、
「俺は悪魔に取り憑かれているんだ」と喚きながら住人を一人一人殺して回ったそうなんだ。
警察に通報されても構わず凶行を続け、結果として警察が到着した時には殆どが殺されていたらしい。
で、やがてこのマンションは潰れて廃墟になり、今では殺された住人の霊が』

──プツ。  

それは突然起こりました。
電波の調子が悪くなったのか、Aの声が途切れたのです。
私は自分のスマホの調子が悪くなったのかと思いましたがそうではなく、A側の通信環境が悪くなったようです。
リスナーも〈電波不具合?〉とAに訊いていました。

『──あ、あー、あ。 聞こえる? 俺の──が、突然──ってさ、あ、でも────』  
音声が途切れる頻度は次第に増し、私は思わずスマホを握りしめていました。
廃墟と電波障害の組み合わせに怖くなったのです。
更には。
『おかしいな。 さっきまでは──のに。 やっぱ山奥────かな。 仕方な────あ゙あ゙────しょう。 ん? 気のせい──』  
おそらくAの感じたその違和感に、私も気付いていました。
Aの声に混じって一瞬、歪な──まるで喉を思い切り踏み潰されたかのような──声が聞こえたのです。
私は気のせいだろうかと訝り、再び耳を済ませました。
『いま俺が居るのは──で、第一の被害者──あ゙ぇ゙──はこのソファに座っているところを──。
無論、ソファは撤去されて──ゔぅ──で、次に──』  

Aは努めて件の声を無視しているようでした。
いっそそこから立ち去れば良いと思いましたが、
既にリスナー数は三十を超え、Aも引くに引けなくなったのでしょう。
廃墟散策は続きました。

しかし音声の途切れは顕著になり、リスナー側が配信を楽しめなくなっていたのです。
これでは本末転倒だと、私はその旨を入力して送信したのですが──。  
〉〉譛ャ譛ォ霆「蛟偵↓縺ェ縺」縺ヲ縺セ縺吶h
『えっ?』  
Aが驚いたような声を上げました。
それは私も同じでした。  
入力した文字が全て、文字化けを起こしたのです。
いいえそれどころか、私がアプリ内で用いているハンドルネームも文字化けし、
なぜかアカウントのアイコン画像すら歪められていました。
『ど、どうしたの突然。 わざと── お゛ぉ゛──ちょっと本気すぎるって。 俺は廃墟に一人なんだぜ?』  
Aは焦っていました。
廃墟へ入る前の雰囲気は虚飾だったのか、放つ言葉には震えが感じられたのです。
歪な声が消えないことも相まっていたからでしょう。  

私はもう一度、今度は別の言葉を送ってみました。
 〉〉縺薙l縺ッ縺ゥ縺?シ  
〉〉遯∫┯縺ゥ縺?@縺溘s縺?繧阪≧  
ですが、どうしたって文字化けになるのです。
あまつさえ、他のリスナーも文字化けを引き起こしており、Aは相当まいったようでした。
『ちょっと気分が──俺は──だから──で、また──に。 うわぁッ!!』
突然、Aが叫びました。  
私は思わず肩を跳ねさせて、そして、Aと同じように小さく悲鳴を上げました。

何の冗談か、私以外のリスナーのアイコンが生身の人間の写真──胸部から上を写しており、
まるで証明写真のよう──になっていたのです。
グレーの背景に浮かぶ人間の目は虚な瞳を晒し、口はだらしなく半開きになっていました。  
また、ハンドルネームは全て(私の憶測ではありますが)本名になっており、まるで遺影の羅列に見えました。
精神に直接攻撃する怖さとはこのことを言うのでしょう。  
この一瞬で起きた異常事態に、Aも私も混乱していました。
が、私たちの混乱が収まることはありません。  

今度は、文字化けされたメッセージが一斉に送られ始めたのです。
Aの配信は立ち所に意味の分からない文字化けで埋め尽くされ、私は思わずスマホを投げ出していました。
スピーカー設定にしていたスマホからAの叫びが聞こえましたが、私には何もすることができず、
ただひたすらに状況が収まることを待ち続けたのです。  

──そしてやがて、私の部屋は時が止まったような静寂に包まれました。  
混乱が収まったのでしょうか?  
震える手で恐る恐るスマホを握り、配信画面に向けた私の瞳に映っていたのは、
『配信者の環境不良により、配信が終了しました』  
たったそれだけの文章でした。  

※  あれから、Aの配信は行われていません。  
辞めてしまったのか、それともあの廃墟で何かが起きてしまったのか、
今となっては分かりません。  

Aとの繋がりが配信アプリのみの私には、ただ待ち続けることしかできないのです。  
無論それはもう、叶わぬことなのかもしれませんが──。

朗読: 怪談朗読と午前二時
朗読: 読書人流水

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