片目だけ

これは、今から15年以上前、まだ私が小学3年生だったときの話です。

真夏の夜、10時を回らないくらいだったと思います。
当時私は、母が教育熱心だったということもあり、
半ば強制的に、その地域で一番の生徒数を抱える塾に通っていました。
その日も、塾で勉強をしたあと、いつものように母が車で迎えに来て、一緒に通っていた姉と3人で帰路に着きました。
私の地元は、田舎の中でも田舎、というか、
右を向けば牧場、左を向けばスキー場、というような、かなり自然に囲まれた環境でした。
もちろん、その塾から家までの、片道30分の道のりにも、山があり、谷があり、小さな川も流れています。

その日はたまたま私が助手席に座り、運転する母、後部座席に座る姉と3人で、
その日あったできごとや、そんな他愛もない話をしながら家に向かっていました。
するとちょうど、大きなカーブ手前の、小さな川にかかる橋を通り過ぎるその時、
車のライトに照らされて、はっきりと、体操座りをする女の子を見ました。
格好は、今思えばありきたりですが、ちびまる子ちゃんのような、
トイレの花子さんのような、白いシャツに、肩までバンドが回るタイプの、真っ赤なスカートでした。
ぱっと見、私と同じくらいの歳だったように見えました。
しかし、ほとんど全員が顔見知りである私の地区に、
その近所では、同じくらいの歳の女の子はいませんでした。
しかも、時間が時間なので、女の子が一人で外に出ているとは考えにくく、
さらに不気味だったのが、はっきり、とは言いましたが、その女の子の顔だけが、
なぜかぼんやりしていて、まるでのっぺらぼうのように見えたのです。

車で走っていたので、時間にするとものの2秒か3秒か、その女の子の真横を通り過ぎる、ほんの少しの時間で私は、
「この子は人間ではなく、何か別のものだ」と結論付けました。
冷静な頭とは裏腹に、私は咄嗟に叫び声を上げてしまいました。
すると、母も姉も、「ちょっとどうしたの!急にびっくりさせないでよね」と、
まるで何事もなかったかのように、私を軽くあしらいました。
カーブだったので、車のほとんど真正面に、ライトに照らされて、
あれだけはっきりした女の子がいたのにも関わらず、そんな言葉を返されたので、
母にも姉にも見えていなかったんだ。と察し、
私は「人がいたからびっくりした」とだけ言いました。

それから普通の会話に戻ったあとも、私はなんとなく、
先程の体操座りをした女の子の光景が頭から離れず、ビクビクしながら家に向かっていました。
「もうすぐ家につく」と思ったその時、ふとサイドミラーを見ると、
後部座席に座る姉の顔に重なって、ガラスに反射した顔のようなものが見えました。
私は、「あの女の子がついてきてしまったんだ」と思いました。
家についてからも、なんとなく不気味な気がして落ち着かず、
その日は、早く寝てしまおうと、気分も悪かったので、部屋の空間が閉まりきってしまうのを避け、
部屋の扉を半分だけ開けたままにして、布団に潜り込みました。

案外あっさりと眠りにつけ、しばらくは夢をみていたと思います。
すると突然、モスキート音のような、耳鳴りとは少し違う、甲高い音がキーンと頭に響いて、目が覚めました。
当時、家のブラウン管テレビからそのような音がしていたので、
誰かがテレビでも見始めたのかな、と思いましたが、時計を見ると午前2時。
丑三つ時にさしかかった真夜中で、家族が起きているとは思えませんでした。
しばらくたってもその甲高い音はやむことがなく、帰り際見た女の子のことも思い出し、
恐怖のピークに達したころ、両親の部屋に行って一緒に寝させてもらおうか、と思い、寝返りを打ったその時です。
部屋の入口付近の鏡に反射して、半分開けておいた扉の向こう側、
ちょうど部屋の前の廊下に、あの女の子が立っていました。
扉の方を向いている訳でもなく、まっすぐ鏡越しに、私の方を向いていました。
さらに不気味なことに、帰り際にはぼんやりしていて見えなかった顔が、今度ははっきりと見えたのです。
その顔は大きく歪んでいて、片目だけが顔の半分を占めるくらい大きく、
残りのパーツは顔の反対側に追いやられているようでした。
私は、見てはいけないものを見てしまった、と思ったものの、
その大きな、吸い寄せられるような片目から目を離すことができませんでした。
かなり長い間、目が合っていたと思います。
すると何故か、恐怖は少しずつなくなっていき、その女の子には怨みや怒りなどの感情はないように思いました。
私が覚えているのはそこまでで、普通に寝てしまったのか、
その日の朝に目が覚め、あれは何だったのかと考えるばかりでした。

特に後日談などもなく、今まで普通に過ごしておりますが、
ふと、あの女の子のことを思い出してしまうときがあります。
あの子は何を伝えるためについてきたのか、なぜ片目だけが大きく見えたのか、

今となっては右目だったか左目だったかも覚えていませんが、
私に唯一起こった、本当にあったお話です。

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