僕と友人が体験した話だ。
未だにどういう理屈でそうなり、どうしてこのような結果になってしまったのか、今でもわからないし、わかりたくもない。

僕の友人が相談に来たのは、今から数か月ほど前の夏の終わりだった。
その時見た友人は、いつもは堅物で通っているくせに、何処かニヤニヤとした表情をして、ひどくやつれて見えた。
着ているものも、何処か洗濯をしていないような匂いだったし、もう少し言えば、それをまったく気にしていないような、そんな雰囲気だった。
「おう、どうしたよ相談って?にしてもその服匂うぞ」
「ご、ごめん・・・。じっ実はな、最近増えて来たんだよ“あれ”がさ!」  「“あれ”っていうと?」
「ゆ、指だよ!ほら、昔から見てるゆっゆ“指”!」
友人が言う指とは、彼が物心ついた時から見えていたそうで、付き合いの長い僕も、一緒に見たことはない。
その指は、例えば鉛筆立てなどの中に、たまに一本だけ混じっているというもの。
それも女性のようにマニキュアをしているものだったり、太い男の指だったり。
何かの見間違いか、彼の幻覚だと、当時の僕は真に受けてはいなかった。
そんな“指”だが、鉛筆立て以外にも、何かの集合体といえばいいのか、しけもくが散乱する灰皿の中、歯ブラシ入れの中、傘が何本も刺している傘立ての中などにポツンと混じっているそうだ。
聞くだけなら正直どうということはない。
友人曰く、動いたり、攻撃してきたりはせず、ただそこに混ざっているようで、何度か見返すと、ふっと消えていると言う。
「ああ、あれか。ガキの頃、よく怖がってたよな」
「そ、そうだよ。その指がな、さ、最近増えて来たんだよ!」
「増えた?中指がか?人差し指?」  
少しおちょくってはみたが、最近増えたという表現には正直驚いた。
何故なら僕らは今年で四十も半ばだ。
彼がその指を見はじめてから、既に四十年以上も経っている。
何故今更そんな変化が起こるのか。
「そ、それとさ、中々消えなくなってきたんだよ。今まで何度か瞬きすれば消えて、き、消えていたのにさ!」
「それは確かにおかしいな。お前、最近人間ドックとか行ったか?頭のほうとかちゃんと調べた?」
「う、うん。嫁にもい、言われて別の大きなび、病院でも調べたよ。MRIとか、精神科にもい、行ったんだ!で、でもい、異常なんて見られ、なく、てさ・・・」
「その話し方でよく正常だったな。前にそんなどもり?なんてなかったろ?」
「ご、めん・・・。で、でもく、口がう、うまく回らなくて。はっ鼻もさ、最近おかしいんだ」
「そうかぁ・・・」
 僕が何をしてやれるというのだろう。
その日は、落ち着きを欠いた彼をなだめ、何かあればまた連絡するようにと念を押し、帰宅させた。

指が増えることと、彼のどもり、嗅覚障害がなんの因果関係を意味するのか。
僕は薄情にも、あまり関わりたくはなかった。
しかし、何十年と親交のある友人である。
そう無碍にはできない。

パソコンや職場の連中にそれとなく情報を貰う。
すると面白いことがわかった。
どうも幻覚のカテゴリーに“幻嗅”というものがあるようだ。
脳が何らかの影響で損傷したことによる、嗅覚の変化や幻覚の兆候。
言われてみれば、目と鼻は近い場所にある。
故に幻覚と嗅覚異常が同時に起こることもあるだろう。
それにあのどもりだ。
どもりと言っても、後天的に脳の障害などによって発症する場合があるようだ。
素人の見解から言うと、友人は最近、脳に何かしらの異常、または怪我を負い、昔から見ている幻覚が悪化したというわけだ。

数日後、僕はなんだか偉い医者にでもなった気分で、車で三十分ほどの場所に住んでいる友人の家を目指した。
慣れないパソコンで打ち出したデータと、印刷が少しかすれた学術書のコピーを持って。
これを聞けば、彼も少しは安心するだろう、そんな期待を込めて車を走らせる。

仕事帰りだ。
友人宅に着いたのは、時刻にして二十時をまわった頃だろうか。
一本電話をするべきだったか。
そう思いながら友人の家に視線を移すと、玄関の明かりは勿論、家の中の明かりまでまったくと言っていいほど灯されていない。
確かにこの時期、日が沈むのは遅いが、それにしてもだ。
住宅街で、他の家を見ても、何処も明かりが灯っている。
どういうことだろうか。
僕は心配になり、スマホの明かりを頼りに家のチャイムを鳴らす。
少しの間。
たしか友人は奥さんと二人暮らしだ。
いつもなら“はーい”やら“ちょっとお待ちください”と言って気さくな奥さんが顔を出してくれるのだが・・・。
そうこうしていると突然、ガチャッとドアが開いた。
そこには、髭も剃らず、先日会った服のままの友人がいた。
家の中の異臭に、僕は一瞬たじろぐ。
「お、おう。どっどっどどうした?何かよよよよ用か?」
「どうしたもこうしたもあるか!一体どうしたんだよお前!奥さんは?」
「よ、よっ嫁は、にに、逃げてったた。“あれ”を見ちゃったたとかでさ・・・さ」
「あれって指のことか?とりあえずあがるぞ?」
つい数日前に話した男と同一には見れない形をした友人。
家の中もおかしかった。
何故こうも暗くしているのか。
リビングの電気を付けようと、手探りで壁を伝い、電気のスイッチを探す。
あった、これだ。
「駄目だ駄目だだめだだめめ!つ、つけるな!」
「何言ってんだ、大丈夫だよ」
 明かり映し出されたリビングに、僕は唖然とした。
電話脇の鉛筆立て、机の上にある灰皿、その他すべての“何かを集め立てている物”が壊され、もしくはひっくり返されている。
中にあるペンやマジック、煙草の吸殻は床に散乱し、これでもかと部屋中を汚していた。
「お前・・・」
「だ、だから、みみみ見えるから、あっあつまっって集まるものから、で出てくるからさ!」
彼が電気を付けるなと言った意味が分かったような気がした。
彼は指を見ない為に、集合物の器を壊し、ダメ押しで、電気を付けずにいたのか。
それにしてもこの異臭はなんだろうか。何かが腐ったようなものだ。煙草の吸殻のものではない。  
僕は異臭の原因を探そうと、辺りを見回す。
キッチン、トイレ、風呂場。目ぼしいものは見るも、原因らしいものは一切見つからなかった。
その間もずっと、彼は僕の服を掴み、何かに怯える様子で、ニヤニヤしつつも目を閉ざしていた。  
「一体ここ数日で何があったんだ?さっき奥さんも逃げたと言っていたけど何時から?」  
彼が言うには、僕の家から帰った後、また指を見たらしい。
その指は今まで見てきた指とは違い、明らかに人のものではなかったという。
爪はどす黒くて三日月のように尖っており、指の節には太い毛が何本も生えている。  
そんな変化に耐えられず、奥さんに助けを求めた際、彼と奥さんは同時に電話脇にある鉛筆立てに“あれ”を見たようだ。  
奥さんは半狂乱になって家から逃げ出し、彼は彼で、奥さんを追うこともないまま、部屋中の集合物を壊してまわったという。  

「お前なんで電話しなかったんだよ?すぐに来れたし、警察だってさ」  
「しししようと、しったさ。でも、でもでもでも言葉がつっ続かないんだ・・・」    
僕は怖くなっていた。
この場に居て、もし僕自身もその変化しつつある指を見てしまわないかと。
この家にいて安全なのか。
しかし僕の何処かで、彼の狂人振りに嫌気が差した奥さんが、そんな口実をつけて逃げたという線も捨てきれない。  
四十を過ぎた男を説き伏せるのは中々難しい。
子供をあやす様に、なんとか僕は彼を落ち着かせ、リビングのソファに座らせた。
持ってきた書類を机に出し、マーカーで説明できるよう、筆箱を取り出す。  
「いいか、お前が帰ってから色々調べたんだ。多分、嗅覚障害や今のそのどもりは・・・おい見てくれよ!」  
「みみみ見たくない!まっまたあれが出て来る!」  
「大丈夫だ。俺もいる!それに、指の数が増えて種類が変わろうが、動いたりはしないんだろ?大丈夫だ。さっ少しずつで良いから、目を開いて・・・」  
友人がおろおろと目を開く。
これでやっと僕の調べた医学的観点の問答ができると思った矢先、彼は絶叫にも近い声を上げて後ろへ飛び上がった。  
「どうした?何もないぞ!ただの書類だよ、おいー」  
「ふふふ筆箱ここっいっいる!いる!いる!」  
「筆箱?何が?」  
促された方向を見た僕は、一瞬なにが起きたのかわからず、それを凝視した。
シャーペンやボールペン、マーキーが入っている筆箱の入口に見慣れないものが蠢いている。  
正気の沙汰ではない。幻覚だ。
しかしそれははっきりと、僕の目にも映っていた。  
指だった。
友人が言ったまさにその通りに毛深く、黒い爪をした何のものとも付かぬ二本の“指”。
それが僕の筆箱から今にも這いずる様に、その節々を動かしている。  
悲鳴は出て来なかった。
もはやそれをするには歳を取り過ぎていたのかもしれない。
僕は勢いよく筆箱を掴むと、リビングの壁目掛けて投げつけた。  
「みみみっ見たか!見えたのか!?」  
「見えた!俺が悪かった!お前を信じきれな・・・え?」    
散乱した筆箱を見ると、そこには先ほどまであれほど質量を持ち、現実味をもった指は影も形もなく、マーカーやボールペンだけが床でひしゃげている。  
「ここから逃げよう!早く!」  
「どっどこに?」  
とは言ったが僕自身、何処に逃げれば良いのかわからなかった。
しかし病院でないことは確かだ。
神社か寺・・・  そうだ、近くに神社があった。
あそこに行けば、なんとかしてくれるかもしれない。
せめて神職?の方に、話だけでも聞いて・・・  僕は今まで友人の話に耳を貸さず、お座成りにしていたことをひどく後悔した。
医学などでは到達できない領域が、僕らのすぐ近くにあったのだ。
それもこれほど近くに・・・  僕は暴れる友人を抱え上げ、なんと家を出る。
鍵も閉めず、後ろも振り返らず、ただただ自分の車を目指した。
あの異臭は何故か車に乗っても消えることはなかった。  
彼を半ば強引に、助手席のシートベルトで固定し、目を瞑っているように促す。
僕は悪い事とは思いつつも、猛スピードで車を発進させた。  
僕らが向かった神社は、友人宅からほど近い。
聞いた話では由緒正しいお稲荷様だったはずだ。
この際、何処でもいい。
僕はその時、何かに縋りたい気持ちでいっぱいだった。
運転中も友人は時折、ニヤニヤと笑い、言葉にならない単語を呟く。
彼が口を開く度に、あの家で嗅いだ異臭を感じ、僕は吐き気を覚えた。
 
神社の小さな駐車場に着き、急いで彼を助手席から降ろす。
彼の肩をとり、なんとか立たせ、引きずるように本殿?がある階段を目指す。
その間も彼の口から生ずる異臭に、僕は気を失いそうになった。  
ここだ。ここまでくれば安心だろう。
僕はこれ以上友人を連れて歩くことができず、鳥居近くに腰を下ろし、大声で神主さんを呼んだ。  
「すいません!誰か!誰か助けて!友達が!」  
返事はない。それもそうだ。こんな夜中も近い時間帯に、すぐに誰かが出てくるとは思えない。
なんなら警察だって呼ばれる勢いだ。
僕はせめて鳥居を潜るまではと、友人を抱え上げる為、フラフラの体で立ち上がり、彼のほうを見た。  
今日何度目の驚きだろうか。
先ほどまで自らの足で立てなかった彼が、天を仰ぐように立っている。
神社の薄暗い電灯の下、それは不気味で、何処かリアルさを欠いていた。  
友人の無事を確かめるべく、僕は数歩近づく。
何だこの異常さは。何が・・・  友人は虚ろな目で口から涎を垂らしつつ、何事か言葉を漏らしている。
異常さの原因はそれではなかった。
見ると、彼の口から無数の指が犇めいていた。
まるで昆虫か何かの足のように、指たちは彼の口から、不規則な動きで出たり入ったりを繰り返す。  
僕は不甲斐なくも一瞬で腰を抜かし、その場でへたり込んだ。
いやいや、違うじゃないか。
“指”は集合するものにしか出現しないのではないのか?鉛筆立てや灰皿といった、何かが集まって、それでいてそれが取れるようにこう口が・・・  
口。集合物。歯・・・。歯か!だから彼の口からあんな指が出て・・・  
指は尚もその本数を増やし、友人の口から這いずる様に動く。
それぞれの指がまるで生きているかのように、彼の唇や頬、目や顎を弄る。
僕はそれをただ見ているしかなかった。  
ゴキリッという何かが砕ける音がした。一体何が起こっているのか。
友人の顎がぶらりと垂れ、口が大きく開いた。  
ゲェエッという嗚咽の後、彼の口に纏わりついていた指たちが、意思があるように一斉に口から噴出する。
何十本はあろうかという指が、ボトボトと友人の拵えた歯や肉片が混ざる血溜まりに転がり落ちる。
その落ちる音の不快なこと・・・。
とても形容できるものではなかった。  
そして僕はその時初めて理解した。
匂いの原因はあの“指たち”だ。
この何かを腐らせたような腐乱臭に、僕の意識は遠のく。  
僕が最後見た光景は、顔面がボロボロになり、血の海に沈む友人の姿と、指たちが猫か犬ほどの大きさに混ざり合い、まるで一つの生物のように、何本もの指を足のように使いながら、神社とは反対側の林に消えた所で途絶えた。  
「大丈夫ですか?一体ここで・・・大変!今、救急車を!」  
「おーい!こっちに来てくれ!人が倒れてるぞ!」  
「なんだこの匂いは!おい、こっちの人、顔中傷だらけだぞ!早く誰か呼んで!」  

意識が戻ったのは朝方だった。
神社の方が数人、鳥居の近くで倒れている僕らを発見してくれ、色々と助けてくれたのだった。
耳元で何人もの声がこだまする。  
「こりゃ警察とかもよばなきゃな!」  
「悪いがあんた、この怪我人の何なの?友達?」  
「とっ友達です。昨日彼が襲われて・・・」  
「襲われた?あんたは無事だったのか?怪我は?」  
「僕はなに・・も・・」  
「おーい、この人たちがいた鳥居の根本、なんかえらい腐ってるんだけど!」
「そうか、ならあんたは大丈夫なんだな!にしてもこの腐った匂いはなんだ?あんた、心当たりあるか?おい!」  

気付いたらそこは病院の一室だった。
僕は重度の鼻炎と、友人を担いだ時に足首を捻った程度の傷で、どうということはなかった。
しかし、友人のほうは、僕とは病棟も別で、会わせてもらうことすらできなかった。  
近くにいた看護士の方に友人の病状を聞く。
何とか一命は取り留めたが、歯の何本かが折れ、両顎の骨が砕けていたことによる絶対安静。
そして獣か何かに引っ掻かれたと思われる、無数の裂傷が顔全体と右眼球に見られ、もしかしたら、片目は失明する可能性があると言う。  
無理もない。あれほど無理やりに彼の口から這い出ようとしていたのだ。
それにしても何故、あの指たちは、神社に来た土壇場で、あのよう行動を取ったのだろう。
全てが全て、まったくわからなかった。  
 
僕が病室に戻ると警察の方が三人、僕の帰りを待っていた。
ベッドに促され、僕は足を引きずりながらも、縁に腰を掛ける。  
「病状は如何ですか?」  
「はぁ、彼に比べれば、どうということはありません」  
「いくつか形式的な質問をしたいのですが、よろしいですか?」  
「はぁ・・・」  
警察ドラマとかでよく見るものより、淡々とした聞き取りだった。  
何故その時間帯に友人とその場にいたのか。
何故友人が獣に襲われる、もしくは自傷行為に及んだ際、それを制止しなかったのか。
友人宅の家が散乱している原因について何か心当たりはあるか。
神社内に残る異臭は何か。
または特殊な薬物などは撒かなかったか。
現場近くの鳥居の一部に、かなり強い腐食が見られるが、何か思い当たる節はあるか。  
聞き取りが終わり、僕は暫く観察付きの入院となった。
結果として警察の方が出した答えは、以下の通りだ。  
Y(友人のことだ)は、ここ数か月、家庭環境や仕事関係の疲れにより、極度の精神的疲弊が見られた。
更に幻覚をはじめとした嗅覚障害や吃音症を併発。  
それらが原因、もしくは誘因となって、Yは配偶者にあたるOと口論となる。
OはYの言動に耐え切れず、自宅から逃走。
Yはそれを追うことなく、自宅の家財にあたるなどの攻撃的な行為に及ぶ。  
その際、たまたま自宅に通りかかったYの友人であるI(僕のことだ)が、気分転換に出かけようと、Yを連れて近くの神社へ車で移動。  
神社に着き、本殿下にある鳥居周辺を二人が歩いていた際、何らかの異臭を感じ、それぞれ体調が優れなくなる。(異臭の原因は現在まで不明。引き続き要調査)  
Yは以前から抱えていた精神的疲労が、その異臭の為か極限に達し錯乱し、自らの顔を己の指もしくは鋭利な刃物等で引っ掻くまたは叩く等の自傷行為に及び、出血多量から一時的ショック状態となる。
一方Yと同行していたIも、その常軌を逸した行動に気絶したものと思われる。
 簡単に言えばこうだ。友人の頭が変になった、である。  
もっとも大きな問題になることもなく、僕も一安心だった。
しかし僕が見た神社での“あれ”はなんだったのだろうか。
一切合切が、繋がっているようで繋がっていないような・・・  

先日、僕は友人の見舞いのため、久々に病院を訪れた。
あの言い知れぬ夏も終わり、もう十二月も半ばだ。雪が深々と辺りを包む。  病室に入ると、そこには友人と奥さんが居た。
病院のせいか、アルコールや軟膏の匂いに混ざって何か腐敗したような匂いがする。まぁこんなものか。  
それにしても、この二人がこうしているのなら、あれからよりを戻したのだろう。災い転じてというやつか・・・  
そして多分猫だろうか、時折“ミー”と鳴きながら、友人の布団の下で何かがゴソゴソと動いている。
今時分だと、ペットも見舞いが出来るのか。良い時代になったもんだ。  
友人は布団越しに、その猫らしきものを撫でながら、こっちを振り返り、ニコリと笑う。どうやら傷の回復も順調なようだ。  
「どうも、旦那さんの調子は如何ですか?」  
「大分回復に向かっているみたいです。前まで苦しんでいた“指”の幻覚も見ていないようで」  
「それは良かった。おい、どうだ?少しは話せるようになったか?」  
未だに口周りの包帯が外れない友人がまたニコリと笑う。    
「あ゛あ゛、ども゛り゛もな゛い゛よ゛。あ゛ごがごれ゛だがら゛ま゛だごん゛な゛ん゛だげどな゛」  
「前よりはずっと良いぞ!どもりも無いしな!目はどうだ?」  
「め゛も゛、じづめ゛い゛ま゛でばな゛ら゛な゛がっ゛だん゛だ!」  
「そうか、なら後はその顎だけだな!家族の猫も来てるんだから、早く治して一緒に遊んでやれよ?」  
僕は奥さんに、お見舞いにといくらか包んだ封筒と果物を渡し、友人に別れの挨拶をする。
これで良かったんだ。すべてはあの時いなくなった。あとは彼が回復して、またいつも通り元気になればお終いだ。  

「な゛ぁ゛ざい゛ごに゛い゛い゛が?」  
不意に友人が僕を呼び止める。  
「ん?どうした?」  
「ごの゛ごば、ね゛ごじゃ゛な゛い゛ぞ。ぞれ゛に゛、ぐれ゛る゛な゛ら゛じゅ゛っ゛ざん゛い゛わ゛い゛だろ゛?」

朗読: 榊原夢の牢毒ちゃんねる

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