黒い影

恥ずかしくてずっと人には言えなかったことを書いてみます。

昔、まだ保育園に通っていた頃、パッと後ろを振り返るといつも、曲がり角や物陰に黒い物が見えていました。
何かの残像のような、もやもやした黒い影で、
いつもスッと向こう側に引っ込んでしまうので、はっきり見えません。
当時はそれが当たり前だったので怖いとか不思議だとは思っていなかったのですが、
なんとなく誰にもそれを話しませんでした。

年長さんの頃になると、 「あれなんなんだろ」 という疑問がわいてきて、
でもなぜかやはり誰にも話さず、子供なりに考えた結果
「もっと早く振り向けば、もっとよく見えるのではないか?」 と思い至りました。
さっそく実行してみると、以前よりはっきりその黒い影が見えるようになりました。

それは人の形をしていました。
標識に描かれているピクトグラムのような黒い人型の影が、ひゅっと電柱や冷蔵庫の向こうに引っ込んでゆきます。
『誰かに後をつけられているのでは?』 という心配が頭をよぎり、
姉に 「いつも後ろを振り返ったら人がいるなんてこと、ある?」 ときいてみたら
「気のせいでしょ、あんたが後をつけられてるのなんか見たことないし」
と一蹴されたのでそれ以上詳しくは話しませんでした。

不思議なのですが、その黒い影自体を怖いと思ったことはありませんでした。
なんか、いるなぁというだけ。
実際になにかされるどころか、振り返れば隠れてしまうのですから、私に危害を加えようとする気配もありませんし。
ただ、なんで隠れてしまうんだろうというのだけが不思議でした。
だからしょっちゅう振り返っては、その黒い影を観察するのが日課となっていました。
あるときふと気づくと、影は2体になっていました。
はじめは、なんか大きくなった気がしていたのですが、よく見ると2体がくっついていて、
そのうち別々の動きをするようになりました。といっても、やっぱり隠れてしまうんですが。

小学生になって、空前のオカルトブームがやってきました。
ゴールデンタイムに心霊やUFO、超能力を特集した番組がバンバン放送され、
書店にはオカルトの本や雑誌がたくさん並んでいました。
そういった情報に触れるうち、ようやく私の中に、あの影に対する恐怖心が芽生えました。
「あれって、おばけなのかな。私に取り憑いてるのかな」
でも、そんなことを友達に言ってオカルト少女気取りの嘘つきだと思われることのほうが怖かった私は、
やはり誰にも影のことを話せませんでした。

ある日、影は3体に増えていました。
それ以来、日によってまちまちですが、3体の黒い影が見えるようになりました。
後ろをこっそり確認するのがくせになっていた私ですが、
ここではじめて 「これ、見るからふえるんじゃない?」 と思うようになりました。
それで、なるべく後ろを振り返らないように、振り返るときはなるべくゆったり振り返るように、気をつけるようにしました。
最初のうちは、長年の癖が抜けず!ことあるごとに振り返っては影を確認していましたが、
努力の結果、影を見ずにすむようになりました。

そうして、気づけばもう、影を見ることが出来なくなっていました。
子供の妄想だったのかもしれないと、人には言えないまま中年になってしまいましたが、
先日はじめて夫にこの話をしたところ、えらく怖がっていたので、今回投稿させていただきました。

同じような経験をされているかた、いらっしゃいませんか?
あれがなんなのかをご存知のかた、いらっしゃいませんか?
あの影は、まだ私の後ろにいるのでしょうか。
いるとしたら、願うことはただひとつ。 増えてませんように。

朗読: 怪談朗読と午前二時

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