うちとそと

 この話は私の友人であるM君が体験した話です。

 M君は東京都内にある4階建てのマンションの104号室に住んでいました。
 1ヶ月の家賃は3万5千円。 いくらワンルームとは言え、東京都内の物件としてはかなり安い賃料です。
 M君自身、その部屋を紹介された際、 あまりの安さに「事故物件」という言葉が頭を過りました。
 しかし、巷で有名な事故物件公示サイトにて確認してみた所、 特別な問題はなかった為、その部屋に住む事を決めたそうです。

 M君がその部屋に住み始めてからちょうど1年が経とうとしていた頃です。
 その日、M君はコンビニでのアルバイトを終え、 夜遅くに自宅マンションへと帰りました。
 自室の前まで辿り着き、鍵を開けようとしたその時、ドアの左上の方に薄らと黒い「手形」の様なものがある事に気付きました。
 一瞬、不思議に思ったM君ですが 「きっと宅急便の配達員が何かの拍子に汚れた手で触れてしまったのだろう」 と、そこまで気にはしなかったそうです。
 夕方から深夜まで働いた疲れもあり、 その日はシャワーを浴びるとすぐに就寝したそうです。
 眠りに就いてから数時間後、 M君は玄関から聞こえる物音でふと目が覚めました。
「ガサッ……ガサッ……」 と、繰り返しドアに何かを擦り付ける様な音。
 真っ暗な部屋の中で目を凝らすと ぼんやりと廊下の先にある玄関のドアの覗き穴が見えました。
 マンションの廊下の電気の光が覗き穴から僅かに漏れています。 まるで、暗闇の中に覗き穴だけが浮かんでいる様です。
「ガサッ……ガサッ……」
 音と連動するかの様に覗き穴から漏れる光が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。
 M君はそこで気付きました。
「ドアの向こうに何かがいる」と。
 M君は恐る恐る、ベッドから起き上がると ゆっくりと玄関の方へと歩き始めました。 暗闇に浮かぶ覗き穴の光を頼りに。
 玄関のドアの向こう側にいる何かの正体を突き止める為、 息を殺しながら歩を進めます。
 玄関のドアまで残り2、3歩という所で 不意に音が止みました。
 それと同時に動きを止めるM君。 しかし、覗き穴から漏れる光が消えています。
「まだ、外にいる」
 そう思ったM君は咄嗟に真横にある廊下の電気のスイッチを入れ、玄関のドアノブへと手を伸ばそうとしたその瞬間、背筋が凍りました。
 目と鼻の先にこちらを覗き込む女の顔があったのです。
 長い髪の毛の間からは片目だけが覗いており、 微妙に傾けた首をガクガクと揺らしながら、こちらをじっと覗き込む女の顔。
 M君は恐怖のあまりに過呼吸の様な状態になってしまい、そのまま気を失ってしまったそうです。
 女は「覗き穴の向こう」ではなく、「覗き穴の手前」に立っていたのです。

 翌日、「新しい部屋が決まるまでしばらく泊めて欲しい」 と、M君から私に連絡がありました。
 今でもそのマンションは存在しています。
 因みに外壁が紺色のマンションだそうです。

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