お線香のかおり

 病院で仕事をしていると、やはり様々な「不可思議」な出来事に遭遇することも多々あります。
 この話はその中でも、不思議だなと今でも一番記憶に残っている出来事です。

 私の勤めている病院は地下に書物庫や更衣室、一階は外来、二階から四階には病棟といった形の総合病院です。
 内科病棟では高齢者の入院患者様も多く、主に老衰といった理由で月に2人から3人はお亡くなりになっていました。
 ドラマなどの影響でしょうか、入社したばかりの頃はお亡くなりになったあとのご遺体は、何となく霊安室に安置されるのだろうなと思っていました。
しかし、私の勤めている病院はあまり大きな病院ではないので、霊安室はありません。
 ではどうするかというと、日中にお亡くなりになればそのまますぐに葬儀会社の方へご遺体を運ばせて頂くのです。
 また、夜中にお亡くなりになった場合には個室で朝まで安置させて頂き、葬儀会社に連絡が付き次第そちらに運ばせて頂くといった流れになっています。
なので病室でも、また院内の何処の場所でもお線香を焚くことはありませんし、お線香自体も備品として常備していることはありません。
 しかし出勤時、地下にある更衣室へと降りると月に数度、かなり強くお線香の香りがすることがあります。
 そして、そんな時は必ず、申し送りで患者さんのどなたかがお亡くなりになったことを知らされるのです。
 最初のうちは用務員さんか誰かが偲ぶために個人的に線香を焚いているのかな、等と考えていましたが、
 私が早番で用務員さんよりも早い時間に地下へ降りる際にも、誰かが亡くなった日には線香の香りがするのです。
 誰が? 何のために?
 半年ほど不思議に思っていたある日、同僚に「エンゼルさん(余談ですが、お亡くなりになった患者さんのことはエンゼルさんと呼んでいました)が出た時に地下の更衣室へ行くと、いつも線香の香りがするのは何で何だろう? 誰が焚いているんだろう?」と尋ねてみました。
 私より長く働いている同僚なら、何かしら知っていると思ったのです。
 しかし同僚は不思議そうな顔をして「え? お線香の香りなんてしたことないよ! 真顔で冗談言うのやめてよ〜! 怖くなるじゃん」と返されてしまいました。
 同様のことを何人かの同僚にも聞いてみましたが、みな線香の香りなど嗅いだことなどないというのです。
「霊体は線香の香りがする」
 そんな迷信を思い出して、少しゾッとしました。

 20数年生きて、幽霊を見たこともなくゼロ感人間だと思っていた私だけがなぜ、そのような香りを感じ取ってしまったのでしょうか。
 本当に霊体が居るのか、はたまた私の勘違いなのか、それは分かりませんが、もしお亡くなりになった患者様の霊が未だ病院内に居るのだとしたら……。

 亡くなるまでケアをし、話し、笑顔を見てきた患者様の霊だと思うと不思議と怖い気持ちは無くなりました。
 今では、線香の香りがすると心の中で「長い間、お疲れ様でした。安らかに眠ってください」と祈るようにしています。

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