電車で出会った男性

数年前に起こった私の体験談です。
私は普段電車に乗って移動することはほとんど無く、車移動が主でした。

その日は、電車で3時間ほど離れた遠方にいる友人と遊ぶ約束をしていて、
慣れない電車を乗り継ぎ待ち合わせの駅に向かい夕方まで友人と遊んで、
また電車で地元の駅まで帰ることになりました。
夕方くらいの電車に乗り込み、車両の真ん中あたりにある入口近くの3人がけの座席の右端に座りました。

代わり映えのない田舎の道を走る電車で、周囲にもまばらでしたが乗客がいました。
私の座っている座席には1人分空けて私と同じくらいの20歳前後の女性が座っていて、スマートフォンを見ていました。
私もスマートフォンにイヤホンを繋いでお気に入りの音楽を聞いていました。
田舎の各駅停車で、行きに乗った時も結構な回数電車が停り、その度に人が乗り降りしていました。

何度目かに電車が動き出した時
ふと視線を感じて見てみると、20代後半から30歳くらいの180cm以上ありそうな
細身の長身で髪をピシッとオールバックにして色白で眼鏡をかけたスーツ姿の男性と目が合いました。
うわぁ…かっこいい人だなぁ…
私の田舎ではなかなか見ないタイプの人で、その男性にそんな第一印象を持ちました。
その人は私と目が合うと目を細めてニコッと微笑みました。

この時メガネ越しに見えた目が本当に絵に描いたようににっこりと弧を描いていたので、
綺麗な笑い方をするなぁ…と思いながらも、あまり男性に対して免疫が無かった私は慌てて目を逸らしました。

男性はその後も私を見ていたようで時折視線は感じましたが、気のせいだと言い聞かせて音楽に意識を集中させていました。
その時男性は私から結構離れた出入り口近くの吊革に掴まっていました。

そして電車が停り、人が乗り降りした後気になってまた男性の方を見ると向こうも私を見ていたようでまた目が合ったのですが、
さっきと同じように微笑んだ後ゆっくりとした動作で
さっきまで男性がいた吊革のそばにある座席に座り直していました。
あぁ、座席が空いたからそこに座ったのかな?
そう思いまた男性から目線を逸らして車窓から見える田園風景を眺めていました。

また電車が停ります。
人が乗り降りし動き出した時また男性を見ると同じように微笑み、そしてゆっくりとした動きで1席私のいる方に近づきました。
………ん?
なんでわざわざさっきの座席から移動したんだろう?
と、疑問に思いましたが、広い場所にでも座りたかったのかな?と特に気にしませんでした。しかし、男性からの視線は相変わらず感じていました。

その後も電車が停るたびに男性が私の近くの座席のほうに1席ずつ近づいてきて、だんだんと怖くなってきました。
どうしよう…私も男性から離れた所に移動しようかな…
でも今更動くのも不自然だし万が一追いかけて来られたら余計に怖い…
などと、考えながら悶々としていましたが、
私の1席開けて隣には相変わらずスマートフォンを見ている女性がいたので、心強く感じていました。

気のせいだ。気のせいだ。
気にしない気にしない!!
そう思い、なるべく男性の方を見ないようにしていましたが、私と男性の距離は徐々に短くなり、そしてある駅で電車が停まった時隣の席に座っていた女性が降りてしまいました。

あっ……

と思った時には遅く、女性が居なくなった直後男性は私と向かい合わせになる目の前の席に座りました。
私は慌てて下を向いて男性と目を合わせないようにしました。
しかし、男性からは相変わらず視線を感じ、ヤバいヤバいと異常な恐怖感に襲われました。
どうしよう……せめて周りに人が居れば…と、
少し顔を上げるといつの間にか周りには私と男性以外誰も居ませんでした。

一気に先程よりも強い恐怖感に襲われ今すぐ逃げ出したいけど足が全く動きませんでした。
男性は向かいの席に腰掛けていたのですが、突然靴を脱ぎ始め、
座席に横になるようにしてその場でモデルのようにポーズをキメ始めました。
呆気に取られている私に男性は変わらず微笑みながら
足を組み替えたり眼鏡を片手で外して口元に持ってきてみたり……
とにかく熱烈なアピールを言葉を発することなく実行していました。

もう私の頭には早く逃げなきゃということしか浮かばず、次に電車が停まった時急いで降りました。
まさか追ってくるなんてことは無いかと思い、振り向くと男性がゆっくりと立ち上がっていたので、
追いかけられると思い、近くにいた駅員さんに助けを求めようと

「あの!すみません!!!」

と、声をかけたところで、男性は電車を降りることなく私がさっきまで座っていた座席に座りました。
そしてまた私の方を見て、にっこりと微笑みそのまま電車が走り出しました。
わけのわからない恐怖と男性が追ってこなかった安心感で身体からどっと力が抜けて涙が出ました。

「大丈夫ですか!?どうしました?痴漢ですか!?」

心配そうにそう訪ねてくれる駅員さんに
「……いいえ。すみません。……大丈夫です」
と、答えて駅のベンチに座りました。
その後も駅員さんは心配して声をかけてくれていましたが、
今の出来事をどう説明していいのか分からず、大丈夫です。と繰り返しました。

私が降りた駅はもちろん目的地ではなく逃げるように降りた駅だったので全く知らない場所でした。
何本か電車をぼーっとしながら見送ったあと、とても怖かったけどとにかく電車に乗らなければ帰れないので、
勇気を振り絞り電車に乗り込み、無事地元の駅までたどり着きました。
その時は男性に会うこともなく、それ以降怖くて電車に乗っての移動はしていません。

男性がずっと私を見ていたのは私の勘違いだったかも知れません。
でも、それにしても男性の行動は異常なものでした。
今でもあの綺麗な微笑みを浮かべる男性の顔を忘れる事ができません。

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