引っ越しを終えて友人はやっと事の顛末を話し始めた。
疲労感と達成感の中、新しい部屋で私も友人も床に足を投げ出して座っていた。
友人は実家暮らしから初めての一人暮らしを始めたばかり。安くて職場に近いアパートを見つけ喜んでいたのはつい最近の話だ。
そうしてアパートでの生活が始まり、彼は羽を伸ばしていた。
「日曜日に買い物して帰ってたらさ、自分のアパートが見えてきたわけよ」
そう言って友人は少し眉間にシワを寄せる。
嫌な事を思い出すように彼が語ったのは以下のような話だった。
路上からぼんやりとアパートを見ると自分の部屋の窓に人影がある。
驚いて凝視する。アパート2階の角部屋。間違いなく自分の部屋だ。しかも消して出たはずの明かりが点いている。
「泥棒だ!」と真っ先に頭に浮かんだが、その考えはすぐに疑問に変わる。
だったら目立つ明かりを点けるだろうか? そして何よりその動きが奇妙だ。
窓に見えるのは真っ黒な人の影で、両腕を上に挙げゆらゆら揺らし、足も交互に上げている。
それはまるで踊っているようだった。
ゾッとした。泥棒よりも得体が知れぬ影に気持ち悪さを感じた。
しかしながら何者かが自分の部屋に侵入しているのは確かだ。友人は急いで家に帰る。
アパートに入る直前まで部屋を見ていたが、影はずっと踊り続けていた。
急いで戻ったものの、ドアの前で急に怖くなる。
犯人と鉢合わせて大丈夫だろうか? 恐る恐るドアノブを回す。
鍵は掛かっていた。鍵を開けて改めて中に入る。
玄関から続く廊下の先、リビングのドアが見えた瞬間、ドアが開き真っ黒な影がこちらに走ってきた。
それは黒い人型の何かだった。
「うわぁぁぁっ!」
友人は絶叫しながら玄関から外に転げ出る。 が、辺りはシンとした。
黒い人の姿はどこにもない。
友人が尻餅をつき呆然としていると、隣に住む男性が出てきた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
友人は少しホッとして事情を説明する。
すると一緒に部屋に入って確認してくれると言う。
部屋に入ると誰もいなかった。しかも明かりは消えていた。
部屋は荒らされた形跡もない。 まさに狐につままれたようだった。
「お騒がせしてすみませんでした」
友人は男性に頭を下げる。
「気にしなくていいよ。何もなくて良かった」
男性はそう言って友人の部屋を後にする。
そして玄関で隣人が部屋に帰っていくのを見送っていた時だった。
男性が両腕を上に挙げてゆらりと踊った。
「えっ!?」
目を擦る。
男性は普通に部屋のドアを開けて戻って行った。
「って事があったんだよ。もう気味が悪くてさ……」
友人はそう言って身震いした。
「何だったんだろうな、あれ」
私も何だか急に冷えるような感覚を覚えた。