夜間救急病院

私の父は、生前、夜間救急病院の受付の仕事をしていた。
当然ながら夜勤なので、昼間は寝ており、夕飯を食べてから自転車で出勤していた。

病院は、市の中心部から少し離れた住宅地にあって、駐車場もあまりない比較的小規模な病院だった。
昼間は一般病院で、夜は夜間救急病院となる。
夜の受付は2人体制だったが、内科、外科、救急車対応など、父はとても忙しそうだった。

父はよく、 「変な人が、沢山来るよ。」
と話していた。
もちろん患者さんの殆どは、病気や怪我での緊急の方々ばかりで、ご高齢の方や子供さん等が多いそうだ。
それ程広くない待合室は、いつも人がいて、それが明け方まで続くので、休まる暇はないようだった。

その中で、60歳位の女性が、頻繁にやって来て、
「眠れないから、睡眠薬ちょうだい。」
と言ってくるそうだ。
だからといって、簡単に薬が処方されるわけではない。
先生から、専門の病院を紹介され、渋々帰っていく。
しかし、数日すると、深夜にまた現れる。
この繰り返しなのだそうだ。
ある時父は、その女性に、
「なんで眠れないの?心当たりはあるの?」
と聞いてみたそうだ。
すると彼女は、
「夜になると、自分の寝室に足とか腕とか、身体のパーツが無い人が来るから、怖くて怖くて眠れない。」
と話したそうだ。
それで父は、(そういうことか)と納得した。

父は以前、JRに勤めていたので、そういったご遺体を沢山見ていた。
『礫死体』である。
足や腕、稀に頭部のないご遺体を回収し、足りないパーツを夜通し捜し回った。
どうしても見つからなかった頭部が、列車の下に絡み付いていたということもあったらしい。

そして、父が勤めていたこの救急病院のすぐ脇には、東北本線の線路があり、近くの踏切付近では、よく事故が起きて、テレビのニュースになっていた。
小学生の女の子が巻き込まれたり、女子高校生や社会人男性が飛び込み自殺をしたりと有名な踏切だった。
私は、以前その踏切を渡って高校に通っていたが、事故の後はさすがに怖くて渡れず、遠回りしたりしていた。

その眠れない女性もすぐ近くに住んでいたらしい。
彼女の寝室に現れるという身体のパーツの無い方々は、恐らくはこの線路の周辺で亡くなられた方々ではないかと、父は思ったらしい。
何故、その女性の部屋に現れるのかは、父にも分からなかったそうだが、恐らく彼女も見える人だったのだろうと思って、気の毒に思ったそうだ。
父は、私によく話していた。
「変な人が、沢山来るよ。血だらけで、肘から下が無い男性だったり、服がぼろぼろのおばあさんだったりが、待合室のイスにいつの間にか腰掛けていて、声を掛けると消えてしまうんだ。」
私が、 「それ、人じゃないじゃん!」 と言うと、父は、
「全然怖くはないんだ。だから、心の中で、ちゃんと成仏してと祈るんだ。じゃないと、引っ張られるからね。」
と言った。

それからだいぶ経って、久しぶりに眠れないと言っていた女性が、病院の入口の方からフラフラと入ってきたそうだ。
父は、びっくりして近寄ったが、 「どうしたんですか。」 と話し掛けると、一瞬目を離したすきに、すぐ消えてしまったという。
彼女は血だらけで、右腕が無かったそうだ。

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