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埋める

近くの旅館で仲居さんやってたおばちゃんのお話

もう三十年ほど昔の話だろうか

アパートに帰ってすぐ、玄関をノックされた

そこにいたのは数年前まで付き合っていた男だった

「ちょっと来てくれ」

そう言って無理やり連れて行こうとする

昔とは人相が変わってしまっていた

ドアを開けてしまったことを後悔しながら強く拒否すると

顔を殴られた

引きずられながら大声で助けを呼ぶが

だれも出てきてはくれなかった

押し込められた車の後部座席には大きなスコップが積んであり

そのせいでシートは泥だらけだった

男の話は要領を得なかった

何かよくない薬をやっているんだろうと思った

そんな人じゃなかったのに

乱暴な運転で、隙を見つけて降りることもできないまま

車はどんどんひとけのない山奥へと入っていく

強引に道からそれて車を止め

ヘッドライトに照らされた場所にスコップを突き立てると

「ここに穴を掘れ」

と言った

拒否すれば何をされるかわからず

もう逃げ出すこともできなかった

命じられるまま、ひたすらに穴を掘った

ライトがまぶしくて男がどこにいるかはわからなかったが

時折ぶつぶつと声だけが聞こえる

「女を殺した」

「車のトランクに入っている」

「山に埋めて帰って寝ていると隣で死んでいる」

「何度も何度も埋めたのに」

「次はお前が埋めろ」

そんな内容だった

気が狂っているのだと思った

逆らうこともできないけれど

殺されるかもしれないと思うと涙が止まらなかった

穴はちっとも大きくならなかった

なのに男は

「それくらいでもういいから、来い」

と呼びつけて、死体が入っているというトランクを開けた

何も入っていなかった

中には黒く汚れたビニールシートが敷いてあるだけ

懐中電灯で中を照らす男の顔から一切の表情が消えたのが見える

血の気が引いて目の前が暗くなる

(ここで殺されて埋められるのは自分だ)

直感的にそう思った

が、男は無言のままトランクを閉めると

そのまま置き去りにしてどこかへ去ってしまった

まだストーカーなんて言葉もなかった頃の話

説明が悪かったのか、警察には痴話ゲンカ扱いされ

それほど真剣には取り合ってもらえなかった

たしかに昔の男に連れて行かれて穴を掘った話でしか無いけれど

こちらからすれば死ぬほど恐ろしかったので

その週末、引越しをした

荷物を解いているとテレビのニュースで男が逮捕されたことを知った

行きずりの女を殺して山中に埋めているところを見つかったらしい

「何度も埋めた」というあの話はどこまでが妄想だったのだろう

その女性は本当に最初の被害者だったのだろうか

   <了>

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