父の奇行

私は、予知夢のような夢を何度か見た事がある。
その殆どは、偶然の一致とも思えるような簡単なもので、
例えば、夢に出てきた遠くの知人が突然訪ねて来たとか、彼氏の浮気の夢が現実になったなどであった。

以前、夢の中で、私がバスに乗り窓の外を見たら、並んでいる人達のずっと後ろの方に私の父がいた。
(あれっ、お父さんがいる)
そう思って見ていると、父は具合が悪そうで、その両脇をスーツ姿の男性二人に抱えられ、バスを待っていた。
翌朝、嫌な夢をみたなと思い、母に電話すると、父に何も異常は無かった。
しかし、それから間もなくして、父は体調を崩し、食事が出来なくなり、歩けなくなった。
母の話では、病院の方が迎えに来て、両脇を抱えて車に乗せ、病院に連れて行って下さったそうだ。
それで私は、あの予知夢を思い出したのだ。
(この事だったのか。)
現実となってしまったことに驚くとともに、父が心配になった。
何故なら父は、大変な病院嫌いで、病院に無理矢理入院させられたことを酷く嫌がっていたそうだ。

母は、そんな父を説得して、その日は一人で帰宅した。
母もくたくたに疲れて、その晩は早めに休んだそうだ。
ベッドで寝ていると、夜中、足の方に重みを感じて目が覚めたそうだ。
(何かいる!)
怖くて目を閉じたまま動けないでいると、布団の足元の方にあったその重みが、徐々に上ってくる。
ずっしりと重い。 腰から胸へと重みが少しずつ移ってきて、母の顔の近くまできた時、思い切ってパッと目を開けると、それは父だった。
薄明かりではあったが、長年連れ添った夫婦である。
間違いなく父だったそうだ。
怖い形相をした父が、母の布団の上をゆっくりと這いずり上ってきていた。
母は、父が病院を抜け出してきたと思って、慌てて飛び起きた。
しかし、そこには誰も居なかったそうだ。

「あれは、お父さんの生き霊だった。」 と、母は話していた。
しかし、父も諦めたのか、生き霊となったのは、この日一回だけだったらしい。
父は、一旦は回復したものの、家には帰れず、長期入院生活の後、亡くなった。
父の葬儀の際、セレモニーホールで、いよいよ納棺(棺の蓋を閉める)という時に、私の妹が父の顔を撫でながら号泣し始めた。
私は、父の顔をじっと見ていたが、急に父の目がパッと開いた。
(うわぁっ!開いた!)
急ぎ隣の弟に目くばせして、 「目、開いた!」 と小声で言ったが、弟に睨まれた。
すぐに視線を父に戻すと、妹は益々の号泣。
すると次の瞬間、父の上半身が、頭の方からフワァっと数センチだけ浮き上がって、そのまま身体を起こした。
そして、直角になる前に消えてしまった。
(幽体離脱!)
再び、隣の弟に小声で、 「浮いた!」 と言ったが、また睨まれた。

私は、きっとこの時に、父の魂が父の身体から離れたと思っている。
しかし、私以外には誰も見ていなかった。
皆が、棺の前で泣いている中、私は、父がきっといると思い、一人、葬儀場の天井を見回していた。
しかし、そこに父を見つけることは出来なかった。
ホラー好きの父が、最後に私に見せてくれたのだと思った。
父の魂が身体から離れる瞬間、父は、 (やれやれ) といった感じで、号泣する妹の方を心配した表情で見て、それから私の方を向いて穏やかな顔になって消えた。
ほんの数秒の出来事だった。
「旅に出たんだな。」
私はそんな気持ちで、父を見送った。
2019年11月のことである。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる
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