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夢の啓示

夢、よく見ますか?
最近ほとんど夢の記憶がなく。かと言ってよく眠れているわけではないのですが。忘れてしまってるんですよね。
昔はよくとても印象に残る夢を見て未だに覚えている夢がたくさんあります。
「あっこれ夢に見た」とかは頻繁で、夢に見た場所には後々必ず現実に行ったり。
「あっここ夢で見た場所だ」ってそんな経験ある人、たくさんいるのではないでしょうか?
そんな私の夢の話ちょっと聞いて頂けたらと思います。

冒頭でもお話した通り正夢は良く見る方でした。
夢で見た会話を友だちと繰り返し話す度に「まただ!」とその不思議さに少し嬉しく思ったり、
夢で印象に残った場所があると、その景色を探してみたり、夢が楽しくて大好きでした。
そんな私にはずっとずっと続く嫌な夢があったんです。
その夢は結婚してからよく見るようになり、目覚める度に夢で良かったと安堵する、そんな夢。
電話をかける夢。携帯からではなく、固定電話で番号をプッシュするのですが、番号が見えないんです。
何度も何度も押し間違えてかけられない。
目が覚めては「夢で良かった」と。

私は離婚して一人で子どもを育てる事になりました。
夢はまだ続けて見ていました。電話の番号が見えないもどかしい夢。
正夢にならなきゃいいなと不安に思っていました一人での子育ては忙しく、いつもお金の心配ばかり。
自分の健康だけが頼りで、結構無茶な生活も送っていました。

そんなある日、無理が祟ったのか体調を崩してしまいました。
病名も原因もわからず、夜になると高熱が出る。
朝は下がるので仕事へ。夜は苦しく身体中が痛くて眠れない。
休むと仕事を失ってしまうから休まない。
食べ物が飲み込めない日が続き、ある日急に気合い?だけで「負けない!」と飲み込むとスルッと喉を通り。
それからは体調も良くなってきました。

その1ヶ月後、今度は目がボヤけて来たのです。
眼科に行くと、失明宣告され、これから育てて行く子どもたちの事を考えると頭が真っ白になりました。
病気は難病で今の医学では治らない。
全身を襲う病気ですが、特に目に悪さをするらしく、ステロイドの目薬を続け、副作用で白内障と緑内障を併発。
手術後近くが見れなくなり、早い年から老眼鏡のお世話になってしまいました。
電話の番号が見れない。まさに夢ではなくそのリアルが今の現状です。
そんな病と向き合いながら、目の炎症が進み、ステロイド剤を服用する事になりました。
ステロイド剤の副作用はひどく顔が膨れ上がりムーンフェイス病に。
そんな中、薬の量を間違えられ、五倍の量を処方されてしまいました。
何度病院に問い合わせても間違いないと言われ私は2ヶ月五倍の量を飲み続けました。
飲んでいる量に医師が驚き間違いだとはっきりしました。
その少し後、ステロイドの多量摂取で私は股関節が壊死し、人工股関節になってしまいました。
仕事は自主退職を薦められ、辞める事になりました。
病院を訴えても勝ち目はないだろうし、力もお金もない。
でも子どもたちが社会人になるまでは何とかしなくては!
目と足が不自由な状態でどうやって生きていこう?

「なぜ私だけがこんな目に合うのだろう」
悔しくては悲しくて。たった一人頼れる父も度重なる不幸に怒りさえしていましたが、何とか出来る限り私達親子を年金で支えてくれました。
眠りについても不安は付きまとい自分の鼓動で目が覚める毎日。
ある日私はもう一度夢に願いをかけました。
「私はどうしたらいい?どうか教えて」
久しぶりにはっきりとした夢を見ました。
とても汚れた作業着姿のおじいさんが家の中に現れ私に
「可哀想に。可哀想に。」と言っています。
私は今までの悲しみや不安が爆発して、その見知らぬおじいさんの胸に顔を押し当ていつまでも泣きました。
おじいさんは力ない手で私を包みこみ「大丈夫。大丈夫」と何度も言ってくれました。
涙を拭いながらなぜか台所に行くと防空頭巾を被った女の子が可愛く笑いかけてきました。
おじいさんと一緒に来たのかな?と思いながら頭を撫でると、女の子は「お腹空いた」と言いました。
私はあわてて冷蔵庫の中を探しました。
夢の中でも貧乏で何もなく、もやしの酢の物だけがありました。
仕方ないので「これしかなくてごめんね、栄養つかないね」と言いながら渡すと嬉しそうに「美味しいね、美味しいね」と食べてくれました。
涙が止まりませんでした。
女の子は食べ終わるとおじいさんと一緒に消えて行きました。
おじいさんと二人笑顔で「ありがとう」と言い残して。

その夢の数日後、働きに来て欲しいと連絡が入りました。
足の調子を見ながら自分で時期を選んでいいと言うありがたいお話でした。
運が急に回り始めた感じがしました。
あの時の喜びは今でも忘れません。
そしてあのおじいさんの温かい手のぬくもりも決して忘れません。
ご先祖様だったのか、神様だったのかわかりませんが、救ってくれたのは確かだったと思って日々感謝しながら過ごしています。
娘も息子も社会人になり、あの時よりは落ちついた暮らしをしていますが、料理を作りながら時折あの女の子に食べさせたいなと思ったりします。
私達を全力で守ってくれた亡き父と夢で励ましてくれたあのおじいさんにいつまでも感謝しています。
…本当にありがとう…。

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