月明かりの下で

アマチュア劇団に所属していた私は、その日も仕事終わりに芝居の稽古に励んでいました。

週末だったので劇団員の一人が「海に花火しに行こうよ」と提案しました。
皆賛成し、花火を買い込み近くの海岸へ出かけました。
芝居の稽古の後なのに、皆元気に夜の砂浜を走り回っています。
私はちょっと疲れて、砂浜に座り休んでいました。
隣でA君も座って、休んでいます。
月明かりの 下で、彼の癖っ毛がキラキラ光って見えました。
逆光で顔の表情は見えませんが、時折はしゃいでいる、みんなを楽しそうに見ているのはわかります。

いつも意識したこともない彼ですが、逆光の中のA君が少しだけ素敵に見えてちょっとドキドキしました。
私は沈黙が気まずいので座ってる間、ずっと喋り続けていました。
「みんな元気だねー!ちょっとお、花火振り回したら危ないよぉ!こっち来ないてよお!」
一人で喋り続ける私にA君は優しく、クスクスと笑っていました。
いつもにぎやかなA君、今日はちょっと大人っぽい。
なんだか素敵?いつまでも座っている私達に劇団員たちが駆け寄って来ました。
「おーい!お前花火やらないのかぁ?!」
大声で叫んでるのはいつもにぎやかなA君です。
A君?えっ?A…君?私はとっさに隣を見ました。
隣のA君は立ち上がりうつ向いています。
私は声もあげられず向かいからちかづくAくんと隣のA君だと思っていた少年を交互に見ていました。
隣の少年は逆光で顔が見えないまま、静かに消えていきました。

みんなが怖がるので後日話すと
「あのK海岸自殺者多いからなぁ」と。
月明かりの下、少しの時間だけ一緒に過ごした彼。
にぎやかな私達が羨ましかったのでしょうか。
優しい静かな笑い声が今も心に残っています。

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