21世紀の狐狸

果たしてこの話が、人怖のジャンルに分類されるのかわかりませんが

登場するのは全員人間です。 多分。

以下、2002年の大晦日の体験談

 大晦日から元日にかけて、二年詣でをしようじゃないかと言う話が決まった。

二年詣で(にねんもうで)とは、大晦日の午前0時前に神社に行って旧年中のお礼をし、

そのまま神社で時間を過ごして、今度は0時過ぎに初詣をすることだ。

足掛け二年、神社に詣でるから二年詣でと言う。

自分とヤマウチとタケカワの3人は中学以来の付き合いで、クリスマス前に

居酒屋で飲んでいた時に決めた約束だった。

 タケカワは12月に入ってから引っ越しをしていた。

今まで住んでいたN市からとなりのS市の一軒家に引っ越したのだ。

山あいの家なので、新居の前の道路がまぁまぁの坂道なのだが、

静かな環境と もより駅まで7分というのが家族全員一致で気に入ったのだと言っていた。

 荷ほどきは終わっているとはいえ、疲れていると思い 自分とヤマウチは

まず2人で落ち合ってからタケカワを迎えに行くことにしていた。

ヤマウチと自分は、前日の陽のあるうちに新居を車で訪れておいて、道順と

家の外観を確認しておいた。

 「いやぁ まだ表札が間に合ってなくてさ。 宅配や郵便が配達に困るかなw」

のんきなタケカワの言うとおり 門には前の住人の表札の跡が残っていた。

これもいい目印だ。

その場で、明日31日の夜は10時過ぎくらいに迎えに行くことを約束しておいた。

 大晦日の晩、予定どおり自分とヤマウチはそろってタケカワの新居に向かった。

自分の家からは広い新街道をまっすぐにひた走るだけだ。

N鉄道のS駅前まで来たら あとは左折2回と右折1回の 順番と場所を間違いさえ

しなければいいのだった。

ところがタケカワの家にたどり着けないのだ。

覚えた道のりをたどって着く場所には家がない。 空き地だった。

最初の左折は、大きな交差点で駅前の三差路だ。直進はあるが右折がない。

左折以外に間違えようがなかった。

次は右折で、コンビニのある角だ。24時間営業しているから目印にしていた。

これも間違えようがない。

右折してからは3本目の交差点を左折するのだが、暗くて数え間違えたのではないかと思い

車を降りて確認したが、そこまでには見落としそうな小道すらなかった。

3回ほど同じことを繰り返したが、同じ空き地にたどり着く。

助手席のヤマウチがケータイをかけようとしたが、電波がなくてつながらない。

ヤマウチ:「そんなバカな! 昨日の昼間いっしょに お宅ほうも~んとか言って

      来たときには、ちゃんと電波は3本立ってたぞ?」

自  分:「そうだよなぁ? 交差点もちゃんと数えたしなぁ?」

ヤマウチ:「案外道が暗いから、横道を一本見落とした…ってのもなかったな。

      もしかして、次の交差点じゃね?」

4本目だったのか? 昼間に数え間違ったというのか?

先に進んでみて、絶対に4本目の交差点ではないことを2人で確信した。

4本目の交差点には信号機があった。

昨日来たときには信号機のない交差点を左に曲がったはずだ。

混乱する気持ちを吹っ切るために、左折をせずにまっすぐ走って

街並みを確認することにした。

5本目、6本目、7本目・・・全く見覚えのない街並みだ。

それぞれの交差点でいちいち左折してみたが、表札のない家などなかった。

8本目の交差点に至っては、次の駅に着いてしまった。

 そこはバスのロータリーが接続する駅だけあって 駅前交番があった。

警官が一人、開け放したドアの向こうから いぶかし気にこちらを伺っているのが

丸見えだったので、これ幸いと道を訊ねることにした。

事情を説明すると エビス顔のぽっちゃりした中背の警察官は、スチール棚から

住宅詳細地図を取り出して、タケカワの住所と照らし合わせてくれた。

当たり前だがそこにはちゃんと家があり、世帯主の苗字まで書き込まれていた。

警  官:「う~んタケカワ…ではないなぁ この家はなぁ?」

自  分:「あぁ それはいいんです。 つい最近越してきたばかりなので、まだ前の

      世帯主の名前になっているんでしょう。」

警  官:「そうなの。 それじゃあこの名前とは違っていていいんだね。

      ええと、すぐそこの信号交差点から数えてね・・・」

警官は地図の道路を指でたどりながら交差点を数えていった。

警  官:「6本目だね。 うん。 信号のない四差路を~こっちからだと右折だね」

自分もヤマウチも 一緒になって地図を覗き込んでいた。やっぱりあっている・・・。

お礼を言って辞し、車に乗り込み出発した。 0時前に、たどり着けるだろうか?

車通りがほとんどないので、ゆっくり走ることができた。

おかげで交差点を数えることに集中できた。

 6本目の交差点まで2人で数え、信号機がないのを見て安心し、右折する。

坂を上って5軒目・・・空地だ。

車を降りると 歩いてもう少し先まで坂を上ってみる・・・表札のない門は見あたらない。

途方にくれた。 どこからか除夜の鐘の音が聞こえる。

暗い道に立って、時計を見てからどちらともなく言い出した。

「・・・明けまして おめでとうございま~す・・・」

めでたいもんか! どうなってるんだ!?

にわかに怒りがこみ上げてきた自分は、ヤマウチをうながして車に乗り込むと

猛然とさっきの交番に向けて走り出した。

 駅前交番に着くと、走っている最中に気付いたことをヤマウチに言う。

自  分:「今さらバカみたいだけど、ここならケータイつながるよな?」

ヤマウチは舌打ちしながらケータイを取り出す。

その場から、開けっ放しのドアの交番に誰もいないのが確認できた。

さっきの警官は巡邏に出たのか? 交番とは言え不用心な!

大きな声でゴメンください!と訪ってから交番の中に入り、スチール棚を見ると

さっきの住宅詳細地図があった。

今から思うとヒヤヒヤものだが、勝手にそれを取り出すと ページをめくって

もう一度道を確認した。

ヤマウチがケータイで話しながら入ってきて言う。

ヤマウチ:「おい つながったよ。 タケカワは何度も電話したけど全然つながらなくて

      すげー心配してると言ってるぞー!」

自  分:「こっちは地図見て再確認したとこだ。ここから数えてやっぱり6本目だよ」

ヤマウチ:「タケカワが、交差点まで出て待ってるってさ」

 地図を元の所に戻して、交番のドアを閉めると、冬の夜気を深呼吸して出発した。

すでに見慣れた観のある、信号のない6本目の交差点近くの街灯の下には、

身支度を整えたタケカワが大きく手を振って こっちに合図を送っていた。

タケカワが乗り込むと、車を走らせながら ヤマウチと自分は、代わるがわる

これまでのことを説明した。

ヤマウチ:「・・・ってわけで、二年詣は自動的にチャラになっちゃったな。

      心配かけてすまなかったよ」

自  分:「初詣を済ませてさ、自分の家かファミレスでのんびりしてから 初日の出でも

      拝みにいくかぁ?」

後部座席のタケカワはちゃちゃも入れずに話を聞いていたが、何か面白いことでも

思いついたような声で

タケカワ:「あのさ ここら辺の山は国定公園にずっとつながっているだろう?

      だからさ 出るんだよ」

ヤマウチ:「出るって? 何が?」

タケカワ:「決まってるじゃんか。 キツネとかタヌキだよ。

      オレんちにつながる さっきの交差点のある道は旧街道だろう?

      昔から狐狸妖怪の類の話は多いらしいよ?」

自  分:「どこかで笑ってる狐狸が そこらに隠れていそうだな」

ヤマウチ:「おお? 怪しげなお女中とか、寂しい場所で店張ってる夜泣きそば屋

      とかかぁw

      でも、残念ながら思い当たるような不審人物には、お目にかからなかったね」

タケカワ:「小泉八雲の怪談かよw 21世紀だよ? 狐狸だってもうちょっと気の利いた

      ものに化けるんじゃないかなぁ?」

ヤマウチ:「気の利いたものって なにさ?」

タケカワ:「おまわりさんは? エビス顔で さぞかしにこにこしてたんだろう?

      しかも開けっ放しの交番で、2度目はいなかったんだよな?

      交番ってさぁ フツー2人1組で務めるもんじゃねぇの?」

ヤマウチはあきれたような声で あ~それってアリかもね~と同調していた。

うまいこと言っただろうと言わんばかりに笑うタケカワの顔を ルームミラーで見ながら

自分は別のことを考えていた。

自  分:「結局さっきは新居まで車で乗り付けてないから、家があるのか空き地なのか

      確認できてないんだけどさ お前、本物のタケカワか?」

あはあはと笑っていた口をぱくんと閉じると

タケカワはミラー越しにニヤリとしてみせた。

朗読: 繭狐の怖い話部屋
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