ザリガニ池

不思議で怖い目にあったのは、僕が小5の頃のことだ、
その頃の僕はあちこちの友達宅でTVゲームをするか、近所の川で友達と釣りをするかだった。

その日も学校帰り、友人宅でゲームをしていたけど、
その友人の母親に「たまには外で遊んだら?」と言って、僕らは追い出されてしまった。
そういう時は大抵ある場所に行っていた。
町の外れにはかなり大きい錦鯉の養魚場があって、排水溝から用水路に大量の水が流れていたんだけど、
養魚場で捨てていたのか、逃げ出したのか、小さな金魚が何十匹も泳いでいた。
赤やオレンジ、ピンク地に黒模様、たまに金色っぽい奴もいた。
それを釣るのだ。

僕らはぎゃーぎゃー騒ぎながら釣っていた。
けれどその用水路を道なりに少し下ると、大体2m四方の何というか、「池」のような場所に着く。
そこは神社の裏手に当たり、鬱蒼とした竹林があって日が遮られ、かなり暗くじめっとしたところだった。
川の流れは一旦その池に流れ込み、また幅1mほどの用水路になる。
何の設備か子供には分らなかったが、そこは僕らにとって「怖い所」で「ザリガニ池」と呼ばれていた。
その「ザリガニ池」は2枚の鉄の板で蓋がされていたんだけど、真ん中が10cmほど隙間がある。
この「池」について、その界隈の子供に流れている噂は、3つあった。
一つは、その池はかなり深く、人によっては底なしだと言う。
二つ目は、池に落ちた子がいるが、いくら探しても今も見つかっていない。
実は池の奥深くに今もいるらしい。
三つ目の噂は超巨大ザリガニがいると言うモノだった。
そこにはものすごい数のザリガニが気持ち悪いくらいうじゃうじゃ棲んでいるらしい。
「ザリガニ池」の名前の由来はここから来ていた。
確かに餌は養魚場から鯉の稚魚が流れてくるし、餌には困らないだろう。
だからどんどん大きくなって巨大化したという話だ。
俺らは子供だったので、想像でもあの可愛い金魚が喰われていくのは恐ろしく、
薄暗い神社の裏手と相まって、そこまで行く子はいなかった。
けれど中には誰も頼んでいないのに「勇気の証明」をしたいヤツがいて、
その板の隙間から結構大きいザリガニを釣り上げ、学校で自慢していた。

ある日の事、僕は友人とのつまらないケンカから、その「勇気の証明」をしてこなければならなくなった。
下校後、僕は行きたくない気持ちをケンカの怒りでごまかし、「ザリガニ池」へ向かった。
今にも雨が降りそうな空模様の下、鬱陶しい竹林はざわざわとうるさく、「ザリガニ池」は沈黙していた。
「入れ食いだったぞ」 とクラスの経験者は言っていた。
僕は、父の酒のつまみのさきいかをテグスの先につけ、怯えながら錆びた鉄板に上った。
僕の過剰な想像力は、その鉄板を透明にして、暗い水面に絡まるように泳ぎ回る沢山のザリガニを見ていた。

僕はあまりザリガニが好きじゃない。 足下の分厚い鉄板が脆いガラスの板のように感じられた。
落ちたらと思うと、額から冷や汗が流れた。
僕はドキドキしながら、鉄板の上でジャンプした。
「ガコーン」
鉄板は、端が浮いていたらしく大きい音を立てた。
想像以上の大きな音に心臓が跳ね上がった。
「び、びっくりしたー」
僕は馬鹿馬鹿しいと分っていたが板が頑丈なことを確認し、隙間に向かった。
(ここに落ちて行方不明になったヤツ、絶対ザリガニに喰われて見つかんないんじゃ無いの)
その10cmほどの隙間からは水面が反射して、中はよく見えなかった。
「くっそぉー本当に入れ食い状態なんだろうな」
僕はさっさと終わらせたくて、乱暴に隙間にさきいかを投げ入れた。するとすぐに手応えがあった。
「お、やった。ホントだったんだ」
僕はゆっくり竿を持ち上げ、ドキドキしながら獲物を見た。
次の瞬間その獲物の異常さに、そのまま竿を放り出し後ずさった。
「な、なに・・・?」
さきいかにザリガニは食いついていたが、体の胴体より上しか無く、ビクビクと震えながらはさみを闇雲に動かしていた。
僕はどういうことかすぐに理解できなかった。
(え、なんで?なんで?)
頭が真っ白になりながらそれを見ていると、ヒュンと何かが飛んできて僕の顔を掠め、後ろに落ちた。
それは、ザリガニの残りの部分だった。
苦しげに丸まり、赤黒い芋虫に見えた。
僕は反射的に飛んできた方向を見ると、あの鉄の板が少し持ち上がり何かがそこにいた。
頭で板を押し上げているのか手は見えなかった。
僕は小学生の理解を超える出来事に、思考は停止、胃がギュッと縮こまり、全身が震えた。
夕方の僅かな光が差し込んでいたけど、そのよく分らない何かは黒くてよく見えなかった。ただ僕を凝視している様だった。
僕はと言えば逃げることも出来ず、ただブルブルと恐怖に震えていた。
するとその「何か」は静かに身を乗り出し、「池」から這いずって出てこようとしていた。
黒いよく分らないそれは結構太くて、蛇のようにうねりながら前進してくる。
僕は逃げることも出来ず、ただただそれを凝視していた。

そしてそこら辺で僕は記憶を失った、らしい。
気がついたら自分のベッドに寝ていた。
夕飯時になっても戻らない自分を心配した両親が、あちこち探して見つけたらしい。
あの池の横で倒れていたそうだ。
両親からの容赦のない尋問と叱責、体験した恐怖を思い出し泣いた。
僕があまりにワンワン泣くので、つり上がった両親の目が多少穏やかになった。
一通り聞いてはくれたが、信じたかどうかはわからない。

その週の週末、近所の人と父は例の池に行くという。
板をずらし、中を確認するらしい。 
僕はその話を聞いただけで、あの時のことを思い出し、全身が恐怖で震え、またべそべそと泣いた。
その日の午後、父は池から帰ると少しだけ様子を教えてくれた。
水深は1.5gtfr78tg5mほど、内側はかなり古い石垣で作られていて、
石の隙間に数匹ザリガニが棲んでいて、思ったよりゴミもなくまた蓋をしたそうだ。
「だから、お前達の間で広がっている噂は、全部デタラメなんだよ」
父は長靴を脱ぎながら言った。
(だから、お前の見たものも・・・何かの見間違いだ)
そう、父は言っているようだった。

けれど、僕は今でもはっきりと覚えている。
あの黒い蛇のような「何か」を、下半身のないザリガニの動きを、
投げつけられた時、顔をかすった感覚を、逃げることも考えられなかった圧倒的な恐怖を今も鮮明に覚えているんだ。
あの「何か」が何だったのか、答えの出ない疑問と共に・・・。

朗読: 思わず..涙。


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