Mアパートでの事

 これは、何度目かに越したMアパートの話。

 因みにこのアパートの前に住んでいたアパートは、いきなり二階の天井が一面隙間なく、黒いカビに覆われてしまった。
 ストーブは湿気がたまらないように、煙突式にし、ファンヒーターも使わなかった。
 不手際はなかったつもりだが、取り敢えず、大屋さんに言う前に、板金やさん数件に頼んで見てもらった。
 答えは皆同じだった。
「これは板金屋じゃなくてお祓いしてもらった方がいいよ。こんなの見た事がない」
 皆、驚いて首を傾げた。雨漏りでもこんなに一面黒くはならない。
 しかも屋根は私達が入る前に、直したばかりだった。
 原因がわからないまま、私達はこのアパートを出た。

 そして、Mアパート。
 私は、それまでたまたま不動産を通さず、知人の紹介で貸家を見つけてきた。
 Mアパートも知人の紹介だった。
 年老いた大屋さんに、アパートの中を見せてもらい、価格も安く学校にも近かったので、すぐに決めた。
 手続きをしながら、大屋さんがちょっと愚痴り始めた。
「いやいや、大変な目にあったんだよ。さっきの部屋ね、前に住んでた人が、家具も荷物もそのまんま残して帰って来なくなったんだよ。何年も帰って来なくて、全部荷物はこっちの金で処分したんだよ。あんたたちはそんな事しないでくれよ」
 私は「はあ…」と返事をしながら、それって…?と少し気味が悪く感じた。
 住む場所を急いで探していたので、今さら止めるわけにもいかず、そのままそこへ住む事にした。

 私達は娘、息子の3人家族。
 余裕のある暮らしではなかったが、三人いつも力を合わせて楽しく過ごしてきた。
 引っ越しの荷物を整理しながら、私は自分の寝室の天井に目が止まった。
「何? 御札?」
 調度私のベッドの真上。ベッドに乗り、その御札らしきモノを見た。
 小さい八角形の御札……間に鬼と言う文字があり。
 何だかわからないけど剥がしてはいけない気がした。
 大屋さんに聞いても、勿論ちゃんとした答えは返らない。
「知らないねぇ、何かやってたんじゃろ」
 手続きしたことに後悔したが、もう遅かった。それで一年過ぎるまでは特に何も起きなかった。

 丁度一年過ぎたあたりから、それは始まった。
 朝方、3時?~4時くらいになると人の話し声で目が覚める。
 最初は外からの話し声だと思っていた。それにしても近い。話し声は男の声。若い声?と言う印象があった。
 何か話しながら物を作っている。そんな印象だった。
 最初に聞いたのは子どもたちが夏休みに入った頃だったので、夢の中で声を聞きながら、
「お父さんが息子に夏休みの工作作ってるのかな?」と思いながら目が覚めた。
 勿論、起きてからも声ははっきり聞こえる。
「えっ?うちの敷地内にいる?」
 起きて見に行く気にもなれず、そのまま又眠りについた。

 それからと言うもの、毎朝ではないが、たまにその声は聞こえてきた。
 最初の頃はさほど気にも止めなかったが、その声はその後ずっと聞こえ続けた。
 父親らしき男の声と、それに答える少年らしき声。
 ある日私は、声の発信源を突き止めようとした。
 外?ではない。それは家の中。寝室の隣の居間?でもない。
 その声は壁の中から聞こえている。
 壁を抜けるとそこはもう外。外には人はいない。
 私は壁にそっと耳を近付けた。
「だから○○じゃなくてこうしたらいいだろ。」
「これでいいの!」と子ども。
 私は恐る恐る壁を離れた。
「このアパート、前に住んでた人、どこに行ったんだろ?あの御札は何?」
 ガクガク震えが止まらなかった。
 それからも声は聞こえ続けたが、やはり壁の中からだった。
 時折、驚く程大きな声で話す時にもあり、私は怖かったが、目の前に現れる事もなかったので次第に慣れていった。

 2年程住んで、そこも引っ越したが、そこを通ると新しく誰かが住んでいる。
 結局何もわからないまま、引っ越したけど。
 貸家には、事故物件ではなくても、いろいろな思いが渦巻く。
 あれが何だったのか、もう知る事はないだろう。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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