先輩の話

先輩から高校生の時に聞いた話。

一つ上のT先輩が同じ部の友だち3人と社会人のお兄さんの4人である山へキャンプに出かけた。
そこは、昔、雪中行軍が遭難し、多数の死者を出した有名な山。
半分肝試し気分もあったと言う。
4人はテントを張り、ふざけた笑い話やら、怪談話やらに花を咲かせ、
それぞれに寝袋に入り、いつの間にか深い眠りに落ちていった。

眠りの中で、T先輩は足音で目が覚めた。
それは一人の足音ではなく、大勢の足音。
ザッザッザッザッ…テントの周りを回る様にザッザッザッザッ。
T先輩は急いで隣のS先輩を起こそうとした。S先輩はすでに起きていた。
ガクガクと震えながら「兵隊だ」とうわごとの様に繰り返している。
こっそりと後の二人を起こす。
「おい!起きろ!」
「なに?」
寝ぼけた声を上げる二人に「シッ!」と人差し指を立て、足音に耳を傾けさせる。
ザッザッザッ行進はテントを回り続けている様に思われたが、次の瞬間、ピタリと止まった。
低く、重い声が何か話している。
「誰だ 見てこい はっ!」
と聞こえた気がした。
ふっと月の灯りで影が浮かぶ。
仁王立ちした男の大きな影がテントのすぐそばに立っている。
何人いるだろう?数える余裕なんてあるはずもない。
背中を冷たい汗が次々と、流れる。喉がはりつく。
T先輩は頭の中で必死に知っている部分だけのお経を唱えたという。
「何妙法蓮華経 何妙法蓮華経…ごめんなさいごめんなさい…」
その時、S先輩が「うわあー!!」と声を上げ、テントの外へ飛び出した。
「おい!待て!行くな」
言いながらみんな一斉に、テントの外へ出た。
後はどう走ったかわからないが、とにかく走って車まで逃げたと言う。

ようやく車にたどり着き急いで乗り込む。
T先輩のお兄さんが、手がかり震える手でようやくカギ穴にキーを差し込み、エンジンをかけ、
ようやくスタートするが、後ろを振り返って見たモノは、車につかみかかる複数の手、手、手。
そして窓には恨めしそうな土いろの顔だったと言う。
必死の思いで逃げ帰った先輩達であったが、残念な事にS先輩は、精神を病み入院してしまった。
その後高校を卒業するまでは、結局、S先輩が退院したと言う話は聞く事はなかった。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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