バクダン

縁があって、アメリカで仕事をしていた時の体験談

 通っていた仕事場は大きなビルではありませんが、大通りに面していて

建物の1階はレストランや書店などの店舗で占められ、駐車場も併設していました。

2階以上に行くには、レストランと書店にはさまれた中央にある階段とエレベーターで

出入りするような構造になっていて、世話になっていたオフィスは3階にありました。

ビル周辺にはスーパーマーケットやレンタルビデオ店、いくつかの銀行などがあり

昼夜を問わず人と車通りが切れないにぎやかな場所でした。

でも、仕事をする上で何よりもありがたかったのは自分とチームを組んでいる同僚が、

英語、スペイン語、日本語ができるトリリンガルなアメリカ人であったことでした。

 そろそろ異国の環境に慣れ始めたころのある昼休み。

食事を終えたついでに1階の書店にいると、同僚が飛び込んできて自分の顔を見るなり

ヒジでつつきながらささやきました。

「おい、向かいのレンタルビデオ屋にFBIのガサ入れがきてるぞ!」

驚いて窓越しに見ると、いつのまにかその店の前は物々しくイエローテープで

立ち入りが制限され 複数の警官が立っています。

スーツ姿の何人かが捜査官で、着用した防弾ベストには大きくFBIと印されていました。

ビデオ店の中からは声高に何かをしゃべっている声が聞こえます。

集まってきたヤジウマは違法ビデオの取り締まりだと噂しあっていました。

 「? 違法ビデオのガサ入れにしてはパトカーと警官が増えてきていないか?」

自分がそう言うと、仕事仲間も首をかしげて

「ちょっと大げさだよなぁ?」と同意します。

「まだ早いけど、オフィスにもどろうか?」と、二人で店の出入り口に向かうと同時に

警察官がひとり、戸口をふさぐように両手を広げながら入ってきて

「店を出ないでください! はい 戻って、もどって! 責任者はどこ?」

まさかこの書店も何かやっちゃった‥‥?

そう思っていると、奥からオーナーが出てきて憤慨し始めました。

しかし警官は落ち着いたもので

「うんうん、あっちの取り締まりとはまったく関係ありません。

 ここの真裏に銀行があるでしょ? 時限爆弾仕掛けたって犯行声明がありましてね!

 そう、バ・ク・ダ・ン! しかも本当なんだよ ええ?そう いたずらじゃないんだ。

 爆発物処理班が来ますからね。 事が済むまで移動を禁止します!」

怒りで赤くなっていたオーナーは、一転震えあがって店内の客に説明し始めました。

大丈夫、銀行の壁は防犯上ぶ厚いし、このビルは壁も柱もしっかりしております‥。

「爆発することが前提の説明なんだ‥‥」自分が苦笑いしているあいだに同僚が警官に、

3階のオフィスのIDカードを示しながら

「オレたちは3階に勤めてるんだけど、そこの階段から上に行くくらいの移動は

 いいよね?」

「ダメ ダメ ダメ!

 一度外に出ないと階段まで行けないだろう? それにここらの建物の出入口は、

 全部警官が立ち番してるから誰も通しませんよ。 とにかくここにいて下さい」

「はぁ!? ボスになんて言えばいいんだよ! ケータイもオフィスにあるんだぞ!」

 悪い夢かな?と現実逃避していたら、そのボスまで警官に連れられて

書店に入ってきました。

駐車場に車を止めて、降りたとたんに警官につかまった!

しかも爆弾魔に間違えられたと、ブツブツ怒っていました。

外はFBIがらみの事件と爆弾事件でごった返し、異様な緊迫状態です。

そのうちに 右隣りのレストランで騒ぎが勃発しました。

後から聞いた話では、いつまでも警戒が解けないことに腹をたてた客が

別の客と口論になり、とうとうつかみ合いのケンカになったのだそうです。

まるでそれを切っ掛けにしたように、左隣のレストランでも騒動が始まり、とうとう

通行規制で車道に並べられたパトカーの向こう側のあちこちで怒声が上がり始めました。

 本屋の中にしつらえられた椅子には自分を含め10人くらいの客が座っていましたが、

言葉が通じなくてもわかるほどイライラ電波が乱れ飛んでいました。

自分の隣に座っていた6~7歳くらいの子供が泣きべそをかきはじめると

その母親は優しく頭をなでて困ったようになだめはじめます。

小刻みにビンボーゆすりをしていた我らがボスが、こっちの顔を見て憤懣を隠しもせずに

「外の連中がつかみ合いを始めるのももっともだよ。

 いったい 処理にどれだけ時間がかかってるんだ。

 バカを養うために税金を納めてるんじゃないんだよ。 ええ? そう思わないか?」

と、声高に言い始めました。

普段は太っ腹で、どっしりと落ち着いた人なのですが、さすがにこの状況では

そうもいかないようでした。

「キミはなんというか、東洋人の表情は読みにくいと言ったらいいのかな?

 オレが八つ当たりを言ってるのはわかっている。キミはどう思ってるんだ」

話には聞いていましたが、まだ日は浅いとは言え いっしょに仕事をしていても

東洋人の表情はそんなに判りにくいものなのかと認識を新たにしながら

「誰でも経験値を積む時間は必要だと思います」

と、どこかで聞いたようなことを応えるしか 自分には能がありませんでした。

「なるほどね。 落ち着いたもんだねキミは。 すぐそこに爆弾があるんだぞ?

 爆発して大けがするかもしれんよ? 死んじゃうよ?

 それに外で騒いでる奴らの中に大バカがいて 銃を持ち出そうものなら間違いなく

 銃撃戦だよ?」と、たたみかけてきます。

となりの子供がおびえたように母親にすがると、その母の目の色が怒りを表すように

変化するのが目の端に映りました。

身近にいる人の舌と瞳に、何事かをそそのかす悪魔が垣間見えた瞬間でした。

 落ち着け、落ち着けと、自分に言い聞かせながら出た言葉は

「騒いで爆弾が破裂しないのなら、誰にも負けないくらいの騒ぎを起こしてみせます。

 でも何事もなかったら、騒いでケガをした自分はかなり恥ずかしい奴でしょうね」

うまく英語で言えたかな?

 ところが何故かこの時、隣の席の母親とボスと同僚が顔を見合わせてから

いきなりふきだして笑い始めました。

他の席の人たちまで、口元を手でおさえたり、背中を向けて変な咳払いをしています。

カタコトの英語でしたから、何かやらかしたとは思いましたが、緊迫した外の雰囲気とは

打って変わった笑い声に、ドア前で立ち番をしていたさっきの警官までが

いぶかし気にこちらを覗き込んでいました。

 無事解放された後の話では、外では本当に暴動が起きそうな事態になっていたそうです。

実に、正午過ぎから9時間もの長時間 たくさんの人が足止めをされていたのですから

さすがに無理もない話でした。

身動きできなくて困る人、爆弾の近くで身動きできない家族や友人の身を案じる人。

さまざまな思惑がそれこそ爆発しそうになっていたのだそうです。

ニュースの報道で 件の爆弾の処理を失敗したため結局爆発した事と その分後処理に

時間がかかった事実を聞いた人々は、爆発の規模が小さくて、けが人が出なかったことや

それを仕掛けた犯人よりも 行政に対してより怒りを覚えたようです。

「たった1個の小さな爆弾が、危うく暴動を起こしかけた‥‥」

巻き込まれた身ですら 日本に生まれて育った自分には、いまだに理解に苦しむのですが、

他国では本当に、銃や爆発物による事件が 心を動揺させるアレルゲンになっていると

言っても過言ではないくらい 生活に密着した「そこにある危険」だと教えられました。

人の心にあるマイナス感情が決して「悪いもの」ばかりであるとは思いません。

しかし、マイナス感情に何がプレッシャーをかけて それがどんな道と結果を選ぶかは

個人や、人種、地域や国によって切っ掛けが違うとは言え、爆弾と同じくらい怖いことだと

思い知らされる経験でもありました。

 翌日、自分が出かけている間に刑事が二人 ボスに事情聴取の協力を求めに来たよと

同僚が教えてくれました。

その理由が「あの状況で、笑っていた理由が訊きたい」でした。

うっかり笑ったくらいで事情聴取とは 想像力が成せる恐ろしい技です。

まぁ それくらいあの時の状況が 緊迫していたと言うことだったのでしょう。

同僚が聞き耳をたてていると、ボスは思い出し笑いをしながら

「ウチの部下に日本人がいてね。 感情が顔に出ない奴だと思ってたんだが

 テンパると言葉がめちゃくちゃになるってことがわかったんだ。

 オレが『落ち着いててイイのか? 爆弾が爆発したら死ぬかもしれんぞ』って脅かしたら

 『爆弾が慌てて破裂したなら、誰にも負けない壊れ方を勃発してやる。

  悪くして何事もなかったら、そんな狩りをする自分はとても恥ずかしい奴だ』って

 真顔で言うんだぜ? 笑わないほうがどうかしている。 オモシロ過ぎだろ?」

刑事はそれ以上詳しく訊かずに笑顔で帰っていったそうです。

自分は何も言えずに仕事に戻り、忘れることにしました。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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