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病棟に響く音

10年以上前に体験した話です。

私は看護師でA病院へ勤めていました。
5階にある認知症病棟はエレベーターや階段の出入口に鍵が必要で、その階の職員だけが鍵を携帯しています。
エレベーターは鍵を回さなければ呼出ボタンさえ押せません。

そんな病棟で看護師として勤務しだしたばかりのことです。
Iさんというお爺さんの患者さんがいました。
その方は車椅子に乗って生活し、自分で車椅子を上手に運転し移動もでき職員から人気のある患者さんでした。
しかし、Iさんは若い頃に女遊びがひどく家族からは厄介払のように病院へ入院させられているようでした。
そんなIさんも、年齢には勝てず何よりの楽しみの食事が摂れなくなってきて、毎日点滴で凌ぐようになり、
医師より家族へ胃瘻か中心静脈栄養で自ら食べなくてもいいような治療が薦められました。
家族は、その提案を拒否。仕方なく点滴で命が繋げられる時までという事になりました。

点滴だけでは永く持ちませんので、1ヶ月程で、Iさんはお亡くなりになりました。
その頃から夜勤で勤務していると、ガンガンと大きな音がナースステーションまで響いて聞こえるようになりました。
廊下に出て確認しますが、夜の消灯後部屋から出る患者もいませんし、廊下に人の気配はありません。
病室も皆さん就寝していました。
認知症病棟ということもあり、各部屋、廊下、トイレ等のいたる所に監視カメラが設置されており、
カメラにも音の原因となりそうな物は映っていませんでした。

その後も、何度も同じ事が繰り返し起きるようになりました。
ナースステーション以外にも病室にいる時にも、大きな音が。
何度も聞くようになると、何となくですがエレベーターの扉に何かが当たっているような音。
扉に車椅子が体当たりしているような音でした。
音がしているのにそこには誰もいません。
私は、今まで霊的な物は見たことがなく、気配を感じたり、声を聞いたり位でしたので、
この状況を何が起こしているのかとても興味がありましたが、どうにも分かりませんでした。

しばらくして、新人の介護士K君と夜勤をする事がありました。
その日は、エレベーターからの音は聞こえませんでした。
時間で患者さんのおむつ交換を終えナースステーションに戻った時の事です。
K君がナースステーションの中、出入口から入って真っ直ぐにあるゴミ箱に車椅子のお爺さんが何度もぶつかっていて近づくと消えてしまったと話します。
K君はそのお爺さんの特徴を話してくれましたが、その特徴は亡くなったIさんだと気づきました。
K君が入職する前にはIさんは、亡くなっておりK君はIさんを知りません。
K君に 言われると、Iさんがいつも壁やゴミ箱そしてエレベーターに車椅子ごとぶつかっていた事を思い出します。
K君に言われて合点がいきました。
Iさん、早くから家族に見放され入院し、入院生活が長く最後の時を迎えてもまだ、ここで生活しているんだと思いました。
私は最後の時には立ち会えず、亡くなった日の夕方から夜勤でした。
その日は、一緒に夜勤をする同僚と、Iさんがそろそろではと感じており
最後に甘い物が好きだったIさんに飴を用意しようと準備して来た所、亡くなっており残念に思った事を思い出しました。
飴と言っても棒の付いた飴で口の中を撫でる位と思ってましたが、それでも最後に甘い味をと思って。
今は、違う所に勤めているので、今でもIさんが夜中に車椅子を運転してエレベーターにぶつかっているのかは分かりません。

朗読d: ゲーデルの不完全ラジオ

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