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寂しい者

それは私が、結婚して二年目の頃。
育児に追われながら、一度勤めていた保育園を退き、自営業の主人の仕事を時々手伝っていた。

この日は集金を頼まれ、あまり民家のない寂しい道をゆっくり、迷わないように車を走らせていた。
家から20分くらいのその土地はあまり縁がなく、前に数回主人と通った事はあるが、1人で通るのは初めてだった。
どこまでも続く田舎道を走っていると、道から生い茂った草に隠れ、大きな石像が背中を向けて立っている。
私は思わず振り返りながら、その石像をしっかり見ようとした。
残念ながら木や草でよく見えなかったが、チラっと見えた頭は菩薩様のようだった。

私は諦めて、また車のスピードを上げようとしたその時…ドン!と何かが両肩に乗った。
それと同時に、コメカミが激しくキリキリと痛みだした。
肩も絞り取られるように痛い。痛みのあまり、吐き気が襲う。
もうこれ以上行けない。車を止めて主人に電話し
「ごめん、急に具合が悪くなって行けない」と言うと「大丈夫か?」と言いながら不機嫌な様子だった。
仕事で追われる主人にすれば、イライラしたのだろう。

私はようやく家まで運転して帰り、そのまま座布団の上に倒れた。
何とも言えない頭痛と吐き気に、呼吸も荒くもがいていた。
産まれて一歳と少しの娘が、火がついた様に泣き始めた。
よく泣く子で、その時もそんなに驚きもせず、「ちょっと待って、今抱っこするから」とヨロヨロしながら娘を両手で抱きしめ座り込んだ。
その瞬間…バンバンバンバン!!冊子を叩く音。
私達の家は上を道路が通っていて、道路から見下ろす形の場所にあり、冊子の外はコンクリートの壁になっていた。
道路から、ジャンプして降りない限り、人は来れない。
思いがけない大きな音に「ひっ」と小さく息を吸った。
頭痛と肩の痛みはますます、ひどくなる。

バンバンバンバン!…勿論誰もいない。強い風にしては、木も揺れていない。
バンバンバンバン!「やめて」私は小さく言いながら娘を強く抱きしめた。
娘は何かを感じる様に、泣き続けていた。
バンバンバンバン!大きなノックと共に冊子が揺れ、真っ黒な人影が冊子にしがみつき、家の中を覗いている。
目はないが、その表情で、家の中を物色しているのがわかった。黒い影と私はしっかり目が合っていた。
腰が抜けたとは、この事だろう。
這う様にしながら、電話を取ると、自称霊感が強いと言う知り合ったばかりの知人に電話をかけ、今の状況を伝えた。
「助けて」としか伝わらなかった様であった。
彼女は「すぐにおいで。運転出来る?」と優しく言ってくれ、私は娘を連れ、ようやく立ち上がると逃げる様に車に乗った。

10分ほど車を走らせて、彼女の家に着いた。
家の中に通され、辺りを見ると、立派な神棚があり、ろうそくには火が灯されていた。
まるで昔からある拝み屋さんの様であった。
彼女は、こちらに最近越して来たらしく、「憑いとる!憑いとるよ!すぐに除霊せんと!」と言い、私を座らせると背中を強く平手で叩き始めた。
何やら唱えながらそれは、しばらく続いた。
家にいた時ほどではないが、肩の重みはなかなか取れず。
長くかかり、申し訳なく感じた私は、彼女にお礼を言い後にした。

肩や頭の痛み、吐き気は治まらず。その足で地元の小さな病院へ。
案の定「風邪ですね」と帰された。
恐る恐る家に帰ると、その後は冊子を叩く姿もなく、静かに過ごした。
頭痛や肩の痛みは相変わらずだったが、何とか食事の支度が出来るくらいに治まっていた。
主人が夜に帰り、昼の話をすると、半信半疑な様で気分が悪いとサッサと布団に入ってしまった。
昼間の集金の事、怒ってるんだろうな。と私も片付けをし、子どもとお風呂に入りながら、自分の身体が結構楽になっている事に気付いた。

その後布団に入り昼間の疲れのせいか、ぐっすりと眠った。
明け方、4時ぐらいだったと思う。主人の唸る様な声に、目が覚めた。
主人が「グッグッ」と苦しそうに、寝たまま苦しんでいる。
主人の胸の上に、髪を長く、だらんと垂らした女が座り、首を締めている。
主人は顔に青筋をたて、苦しんでいる。
目を覚ました私に気付いた女は、私を憎しみがこもった顔で睨みつけると、そのまま消えてしまった。
主人を一度起こし「すごく苦しそうだったよ」と言うと、全く覚えていないらしく。
呑気な人で良かったなと感心した。女の話は主人には言わなかった。
その後も頭痛や肩の重さもしばらく続き、神社で一度祓ってもらい、だいぶ楽にはなったが、
まだ、冊子を叩く者はいるらしく、たまに思い出した様に叩いてくる。カーテンは閉めたままにしていた。

それから何年か経ち家も出た私は、あの石像の付近に住む人と、たまたま友達になった。
その友達に「あそこに石像があるじゃん、あれって何?」と聞くと、
しばらく考えた彼女は「あー!わかった!あそこ一面お墓じゃなかった?あそこはあの町の無縁仏のお墓だよ」
草が生い茂ってお墓は道路から全く見えなかった。
あの頃、子育てと、自営業をしている主人の実家と、上手く馴染む事が出来ず、情緒が不安定だった私には、たくさん憑きやすかったのだろう。
今、霊は視えても、憑かれる事が全く無くなった私は、もう一度その道路を通ってみた。
そこには、綺麗に整備された土地にひっそり立たずむ沢山の墓があった。
憑かれる事はないが、沢山の寂しさが伝わって来る。
私は心の中で「何も出来ないからゆっくり休んで」と手を合わせ、
長かったあの時のわからなかった現象に、終止符を打った。
どうぞ安らかにと願いながら。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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