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深夜のビルにて

これは何年か前に私が体験した話です。

当時、私は一階と二階がショッピングモールのようになっており、上層階に複数のオフィスが入っているビルの深夜清掃に従事していました。
私の担当はショッピングモール側であり、オフィスがある階にはほとんど立ち入ったことがありませんでした。

その日もいつも通りに仕事をし、四時から五時までの食事休憩を終えて、
さあ後半の仕事だ、と道具を持ち場に運んでいたとき、バックヤードから商業施設内に出るドアを開けて、一人の女性が声をかけてきました。
「すみません、警備員さんがいるところへはどう行ったらいいのでしょうか」
バックヤードへの扉はカードキーがなければ開けることはできず、その女性は写真付きの身分証も兼ねたカードを首から提げていました。
そこに記されていた名前がずいぶん珍しい苗字だったので、いまでもその名前は印象に残っています。
「警備員室ですか? ちょうど近くまで行くので、ご案内しましょうか?」
私がそう言うと、彼女はホッとしたような顔で「ありがとうございます」と頭を下げました。

「二三階のオフィスで残業していたんですけど、気分転換に外に出たら閉め出されちゃって」
「それは災難でした。こんな遅くまで大変ですね。お疲れ様です」
「オフィスまで直行するだけなんで、警備員室とか、どこにあるのかもわからなくて……」
「大きなビルは構造も複雑ですからね」

そんな話をしながら警備員室前まで案内し、私は中には入らず見送りました。
ちょうど警備員室の清掃担当のAさんが入るところだったので、軽く事情を説明してあとをお願いした形になりました。
その後、後半の仕事も終えてロッカールームで帰り支度をしていると、
Aさんが 「お前、あの女に何かされなかったか?」 と妙なことを聞いてきました。
「いや、別に……。礼儀正しい、感じのいいお嬢さんだったけど」
「マジか。いや、あの女やばいぞ。警備員室に入るなり、警備員に何か叫びながら詰めよってさ」
「ええ? 想像できないんだが……」
ひとしきり騒いだあと、彼女は警備員室を駆け出して、ビルの外に走っていったのだという。
意味がわからないと思いつつ、Aさんと一緒にビルを出ると、朝から妙にパトカーが目に付きました。

帰ってひと眠りし、ニュースを見て、私は愕然としました。
私が務めるビルの二三階で、昨夜、女性が首を吊っていたというのです。
どうやら大きな横領事件との関連があるかもしれない、とニュースで言っていました。
その首を吊った女性の名前が、印象的な彼女の苗字と同じだったのです。
推定死亡時刻は二時頃とのことでした。 食事休憩を終えていたのですから、私が彼女を案内したときにはもう亡くなっていたことになります。
写真入りのキーカードだったことから、別人がカードを奪ったとも考えづらく……。

彼女は幽霊だったのでしょうか。だとしたら、なんのために出てきたのでしょうか。
今でも、そんなことが心のどこかに引っかかっております。
みなさまはどのようにお考えになるのか、聞かせて頂ければ幸いです。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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