呪いのビデオ

これは私が高校生だった頃の話です。

当時、夏休みに入ると帰宅部だった私は、普段、別の学校に通う地元の友人らと久々に顔を合わせ、夜通しで遊び明かしていました。
時には友人の家で味も分からない酒を嗜んだり、Hな話で盛り上がったり、朝まで雑魚寝をしていた事もしばしば、今は懐かしい思い出です。
いつの時代も夏になれば心霊モノを味わいたくなり、友人宅に泊まる際にはよく近所のビデオ屋でホラービデオを借りては毛布に包まって観ていたものです。
今ではメジャーになっている心霊動画投稿ドキュメンタリーの先駆け、
『ほんとうにあった呪いのビデオ』が出回り始めたのも私が10代の頃だったと思います。
今回はその『ほんとうにあった呪いのビデオ』のある回で少し奇妙な出来事が起きた事をお話しします。

もう、どの巻数だったかは忘れてしまったのですが、当時、呪いのビデオがVHSからDVDに移行されたあたりの作品だった気がします。
夏休みに入り、久々に地元の友人Mの家で夕方から遊ぶ事が決まり、Mの家に行く前に当時新作だった呪いのビデオを近所のビデオ屋で借りて行く事にしました。
久々に集まった友人たちは近況を報告し合い、適当に食事をしていたら時刻は既に深夜帯を迎えていました。
頃合いだと思った友人は、部屋を真っ暗にして呪いのビデオをプレイヤーに挿入しました。
まぁ部屋を暗くして恐怖感を演出してもその日は4〜5人友人がいたので、怖いもの見たさというか大勢でワイワイやりながら観るような感じでした。
開始から半分くらい経ったところで問題の回が流れ始めました。
その映像は年季の入ったもので、オルガンの練習風景を録画したものがそこには流れていました。
基本はオルガンとオルガンを弾いている投稿者らしき人の手しか映っていないのですが、
薄暗い部屋の中、年季の入った、どこかノスタルジックな感じにさせられる画質の粗さに加え、オルガンのあの独特な音色が絶妙な不気味さを演出させていました。
カメラは定点なのでずっとその風景なのですが、しばらくするとオルガンを奏でる手の奥の暗がりから何やら白い光が現れたと思うと次の瞬間、それは女性の顔に変わりました。
正直、予想以上に不気味さを感じさせられるその映像も、大勢でワイワイやりながら観るテンションだった私には少し物足りなく感じていたのかもしれません。

なんだかんだでDVDを全て観終わり、気付けば眠りにつく友人も居ました。
遊び疲れた私たちはここらで少し睡眠を取って早朝に帰宅することに決めました。
さほど時間を要する事なく朝を迎え、昨晩騒いでいた友人たちは寝てるのか起きてるのか分からない顔でダラダラと帰りの身支度をし始めました。
そんな中、さっさと身支度を済ませた友人の一人Kが何気なく昨晩観た呪いのビデオを頭から見直しているのを私は横目で見ていました。
外は夏真っ盛りの早朝、ミンミンゼミがすでに鳴き始めていました。
「こりゃ一番、呪いのビデオを見て怖くないシチュエーションかもなぁ」
なんて、あの時の私は思っていたかもしれません。
気が付けばテレビ画面はあのオルガンの映像になっていました。
周りの友人がトイレやら歯磨きやらでバタバタしてる中、私とKはボーっとその映像を眺めていました。
「……………あれ?」
Kはそう呟くとおもむろにリモコンを手に取り巻き戻しボタンを押しました。
おそらく私もKと同じ違和感を感じていました。
もう一度、映像はオルガンのタイトルから始まりました。
しばらく私も意識して眺めていたのですがしばらくして映像は終わり
『REPLAY』の文字が画面に浮かび上ってきました。
「……あれ?おかしいな」
Kはまたそう呟くと何度か巻き戻し私もそれを眺めていました。
最初はまだ寝ぼけ眼からかと思っていたものの何回か巻き戻すたびになんとも言えない不穏さが漂ってきました。
「出てこない」
Kは言いました。私もそれに共感していました。
昨晩観たオルガンの部屋の奥行きに女性の顔が浮かび上ってこないのだ。
本来なら薄暗い背景の中で少しでも白いものが出てくれれば、それだけでこれだっけかな?ぐらいの感覚で留めていたかもしれない、
けれどその画面に映っているのは何もない暗がりに視聴者への確認用に施された○印のテロップだけでした。
私とKが呆然としていると友人Mが言いました。
「昨日は真っ暗な部屋で観たから画面の光の加減で見えやすくなってただけだよ」
と、それには私もKも納得しました。

そこで他の友人らが身支度を済ませ部屋に集まると、私たちは試しにもう一度だけ部屋を暗くして、
もちろん外部の光を一切遮断し、念のためDVDをプレイヤーからパソコンに移し替えて映像を流して観ることにしました。
もしかしたらDVDプレイヤーの故障もあり得ると思ったからです。
そして再び映像を流しました。
定点カメラの中でほぼ画面の真ん中に浮かび上がってくる女性の顔をどう見落とすことができましょうか?
まだ記憶に新しい友人たちの目線は一同、同じ場所に注目していました。
しばらくして私たちの期待を裏切り確認用の○印は何もない暗がりを指していました。
「カーテン開けて」
そうMが言うと私たちはそそくさと光を取り込みました。
私たちはその映像に対してもう特に追求する事はありませんでした。
帰り間際というのもあり、疲労感もあるせいか、色々と考えるのが面倒くさくなっていたのかもしれません。
別の何かが出てくるのであればまだ盛り上がったかもしれませんが、何も無いとなるとインパクトさに欠けてどうでも良くなっていたのでしょう。
睡眠不足で疲れが溜まっていた。
口には出さなかったが皆、そういう解釈をしていたのかもしれません。
私たちはMにお礼を言って部屋を後にしようとしました。
そしてそのやりとりの最中、Mの背後後方に見える腰窓の網戸がゆっくりと横に動いた事は、私とその時気付いた友人Iの目に焼き付いて離れる事はないのでした。

Mとは最近音信不通ですがたぶん元気にやってる事でしょう。
これが私が体験した奇妙な出来事です。
あの当時、呪いのビデオを観て似た様な体験をされた方は是非教えて下さい。
拙い文章で申し訳ございません。ご清聴ありがとうございました。

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