工場

運転代行のドライバー、Aさんから聞いた話。

Aさんが新卒で就職したのは金属板を加工する工場だった。
1階は工場で2階は寮という建物。同期は15人ほどいた。
仕事を覚えようと必死に頑張るAさんたち。
翌月、急に新卒の1人が辞めた。 それを皮切りに、一ヵ月毎に1人辞めていく。
年末近くになるとAさんともう1人(Bさん)を除いた全員が退職していった。
そのBさんも忘年会後、急に実家に帰ると寮に帰ってくることはなかった。

Aさんは気になりBさんに電話をかけた。
「俺はあの寮には戻りたくない。お前は女を見てないのか?」
「自室の窓から見える電柱。そこに女が立っていてこっちを見ている」
「気持ち悪くてしょうがない。俺は絶対に戻らない。」
Aさんは翌日、先輩たちにその女のことを聞いてみた。
「あーあの女か。いっつも電柱からこっち見てるよな。俺も部屋から見たことあるわ」
「俺も見た。気持ち悪いよなアイツ」
Aさんは話を聞きながら先輩たちに違和感を覚えた。
先輩たちの自室からはその電柱は見えない。
一体何を見ているのか、先輩たちに聞く勇気はAさんにはなかった。

大晦日の夜。 ベッドで横になっていたAさんはいつの間にか寝ていたが、誰かの奇声で目を覚ました。
『先輩たち盛り上がってるなぁ。まぁ新年だからこんなもんか』
チラリと枕元の時計を見る。 時刻は深夜の1時11分。
ふと視線を感じ、天井を見上げる。
そこには首の捻じ曲がった女が張り付いていた。
血走った眼を見開き、こちらを凝視する女。
恐怖のあまりAさんは気絶した。

Aさんが目を覚ましたのは昼前。
自室を出て食堂に向かうと、先輩たちが何やら話をしている。
どうしたんですか?と聞いてみると、昨日の夜中、部屋に幽霊が出たんだ、という話をしていた。
「A、お前は何ともなかったか?」
「…女が天井に張り付いてました…」
「お前も見たんか!」
ほぼ同じ時刻、寮にいた全員が自室の天井に張り付く女を見ていた。
目を覚ますこととなった原因の奇声は、その女を見た先輩のものだった。
あの女は何なんだと言う話になったが、結局は分からず仕舞いでその日は解散した。

月日が流れて3月。 工場で大きな事故が起きた。
残業中、停止していた筈のベルトコンベアが突如動き出し、近くにいた従業員が巻き込まれた。
ベルトコンベアの先は金属板の切断機。
気付いた従業員が緊急停止させたお陰で、左足の傷は骨まで達していたが、切断は免れた。
Aさんを除く従業員たちは口々に 「あの女だ…アイツも左足がなかったから…」
Aさんだけ気が付かなかった。 首の捻じれた女には左足がなかったことに。

4月になり、問題の工場と寮はお祓いをしてもらった。
効果があったのか、それから工場や寮に女が出ることはなくなった。
ある夜、Aさんは自室から外を眺めていた。
昔、Bさんが言っていた電柱が視界に入った。
電柱の陰に何かいる。 首の捻じ曲がった左足のない女。
Aさんはすぐに仕事を辞めた。

朗読: りっきぃの夜話
朗読: 榊原夢の牢毒ちゃんねる

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる