大学女子寮の寮監をしているNさんから聞いた話です。
通りに面して窓がある部屋に入っている寮生から、「夜、外から誰かに見られているような気がする」という相談が複数あったので、その面の外壁に防犯カメラを設置することになりました。
建物沿いには2メートル幅で玉砂利が敷き詰められていますが、それより外側のフェンス際には木が植えられていて、通りからの目隠しになっています。
玉砂利は足音を響かせるので侵入防止になりますが、覗き目的なら、フェンスを乗り越えて木に登りさえすればいいのかもしれません。
目隠し用に植えた木なのでカイヅカイブキなどの登りにくい種類なのですが、だいぶ育って幹はしっかりしていましたし、覗きの猛者ならやってのけるのかもしれません。
そこで、抑止力も期待して、その面の建物左端の2階に、フェンスと建物の間の細長い庭が縦に見渡せるように、壁に対して15度くらいの角度でカメラを取り付けました。
1階には寮監室や談話室やトイレがありましたが、窓は高い位置にあるので、高所からでなければ覗けません。
通りから目につきやすいところに「防犯カメラ監視中」のステッカーも貼ったので、これで、おいそれとフェンスを越えて木に登るような危険を冒す者もいなくなるだろうと思われました。
カメラを設置してから初めての宿直の夜、Nさんは日報を記入してから、物珍しさもあってしばらくモニター画面に見入っていたそうです。
赤外線のお陰で、肉眼では真っ暗な庭も、夕方くらいの明るさで見通すことが出来ます。
とはいえ、動かないフェンスと木の並びと玉砂利面と壁、そこに、たまに通りを通過する車のライトしか映らない画面ですから、すぐに退屈になります。
録画もしているし、そもそもずっと監視しておくようにという話でもなかったので、彼女は、そろそろ寮内の見回りに行こうかと席を立ちかけました。
その時です。
画面の一番奥の左側、建物の壁際に、ぼんやりと人影のようなものが見えました。
フェンスを越えるのも木の間をすり抜けるのも見なかったのに、それは、唐突にそこに現れたように見えました。
その右手は壁にぺたりと当てられていて、左手はだらりと垂れ、肩は少しその左側に傾いています。
シルエットからして、女ではありません。男です。
その男はこちらを向いていて、ぺたりぺたりと右手の位置を前に動かしながら、壁沿いにカメラの方へ歩いてきているように見えました。
泥棒?変質者? いずれにせよ、不法侵入者に違いはありません。
(け、警察に……)
一瞬、Nさんはそう考えました。 しかし、すぐに思い直しました。
だって、おかしいのです。
フェンスと建物の間の細長い空間を、建物の端の2階から縦に見渡すアングル。
その一番左奥の壁際に立っているので、男は画面上では小さく見えています。
ところが、その手は……建物の2階の壁に当てられているように見えるのです。
つまり、縮尺がおかしいのです。
一番奥のその位置に立っているなら、人影は、更にもっとずっと小さく映る筈なのです。
(これじゃ、まるで巨人じゃないか)
男は近づいてきます。
カメラが取り付けられているのは、今、Nさんのいる寮監室の窓の上の壁です。
画面の男は近づいてきます。 ということは、その足が玉砂利を踏む音もまた近づいてこなければおかしいのに、外は静まり返っています。
ですが、男は……ちょうどカメラの高さに頭のある男の姿は、モニターの中ではどんどん近づいてくるのです。
顔が見えました。
赤外線モードで無色なので顔色は判然としませんが、男は、無表情です。
これと言って特徴の無い……今思い出そうとしても難しい……そんなのっぺりとした顔だったように思う、と後にNさんは語りました。
その顔がどんどん近づいてきて、『ギロリと睨みつける』ということでもなく──単純に、「これは何だ」というようなぼうっとした目つきで、カメラを覗きました。
アップになる顔と、眼球。
「ヒッ……」
思わず、Nさんはモニター前の椅子から腰を浮かせて後退しました。
その直後、バッと顎を上げて、高い位置にある、カメラの真下に当たる筈の窓の様子を確認しました。
誰もいません。
そこに見えているのは、夜空と、室内の明かりにぼんやり照らされている木の並びだけでした。
再び、モニターを見ます。 何も映っていません。
Nさんは恐慌状態に陥って、仮眠中の相勤者を起こす為の呼び出しチャイムのボタンを押しました。
「すぐ確認をしなくては!」という職業意識が働いて、Nさんは、起きてきた相勤者にその異様さについては敢えて説明せず、人影が映ったので外を一緒に確認してくれるよう頼みました。
──壁一枚越しのすぐ側とはいえ、一人で見に行くのは、流石に怖かったからです。
「侵入者かもしれない」と聞かされた相勤者は、Nさんの見た異常事態など知りませんから、それは大変だ! と、すぐさまサーチライトと、何かあった時にすぐ通報する為の携帯電話を持って部屋を出て、Nさんもそれにおっかなびっくり続きました。
──結果から言うと、そこには誰もいませんでした。
それに、あれだけの大きさの人物がそこを歩いていたなら相当な凹凸が出来ている筈の砂利面も、全く普段通りでした。
誰もいないとなってようやく落ち着いたNさんは、部屋に戻ってから、改めて自分が見た光景の詳細について相勤者に語りました。
しかし、録画されたその時間帯の映像には、大男の姿など影も形も無く、その後に映り込んだ見回る自分達の姿も、当たり前の大きさで捉えられていました。
(あぁ……そうだよな。これが、普通の大きさだよな……)
──そう思い知った時が、実は一番怖かった──と、Nさんは震える声で言いました。
「夢でも見てたんじゃないの?」とお決まりのような台詞を言われて納得出来ないような気持ちにもなりましたが、記録が残っていないものは仕方がありません。
あまり言っていると、頭が変になったと思われかねないので、彼女はやむなくそこで口を閉ざしました。
実際、疲れていたんだろうか。目新しい物に興奮して、幻覚を見たのかもしれない。
そんな風に、思いつくだけの現実的な可能性を心の中で自分に言い聞かせ、Nさんはそのことを意識の外側に押しやろうとしたのだそうです。
──ところが。 ちょうどその時、寮監室の扉がノックされ、おずおずと入ってきた寮生が、こんなことを言ってきました。
「……大きな目が、窓の外から見てた気がするんです……!」
その巨人が何者だったのか、結局Nさんには分かりませんでした。
その後、あまりにも類似の報告が寄せられたので、初めはなかなか取り合ってくれなかった学校側も重い腰を上げ、一度目のお祓いが執り行われました。
それでも効果が無かったのか、二度目のお祓いの後、小さな祠? だか石のモニュメント? のような物が敷地内に据えられ、それからは目撃談もぱったりと止んだそうです。
しかし、それが何だったかの説明の場には、Nさんは既に担当を外されてしまって立ち会えなかったとのことで、結局今も分からない、とのことで。
彼女が目撃した巨人は、どこに行ったのでしょう? その場に封じ込められてしまったのか、別の場所に移ってしまったのか。
普通に生活していると、「見られているような気がする」と感じることがたまにあります。
それは、ほとんどが気の所為か、実際誰か生きた人間に見られているかのどちらかなのでしょう。
ですが、そんな瞬間に自分を見ていたのは、もしかしたら──実は、「規格外のサイズの目」だった……なんてことも、あるのかもしれませんね。