首吊り

私は小学生の時、ノストラダムスの大予言で【世界が滅亡する】という噂を本気で信じていた。

どうせ死ぬなら、綺麗に楽に苦しまないで死にたい。

幼馴染数人と上手い方法はないものか、真剣に考えていた。

庭石に座って相談していると、婆ちゃんが畑から帰って来た。

私達は婆ちゃんに駆け寄り「婆ちゃん、痛くも苦しくもなく 楽に死ぬ方法ないの?」と聞いてみた。

婆ちゃんは「バッカたれ。子供が何いってんだ」と呆れて言いった。

「じゃあ、ダメな死に方は?」と聞いた。

婆ちゃんは「首吊り」とあっさり即答した。

「首吊り?首吊りするとどうなるの?」

家の回りの 草むしりを始めた婆ちゃんを皆で取り囲み、 「聞きたい!聞きたい!」と騒ぎたてた。

初めは「そんな事、聞くもんじゃないよ。」と 五月蠅がっていた婆ちゃんも、女の子5人に纏わりつかれ 仕方なく言った。

「首吊りはな、涙も鼻水もオシッコも、みんな垂れ流して、 こ~んな顔になって死んじゃうの。嫌だべ。」

と言って、 ベーッと舌をだし白眼をむいて見せた。

皆は、婆ちゃんの変な顔に大爆笑した。

なんとなく満足して、もう夕方だったし幼馴染の友達は 家に帰って行った。

皆が帰った後、「ねえ、婆ちゃんさ。さっきの話って本当?」 と聞いた。

「本当だ」婆ちゃんは言った。

「婆ちゃんさ。見たの?」

ピッタリくっ付いて聞いて回る私に、婆ちゃんはため息をついて、 ぼそぼそと話てくれた。

昔、婆ちゃんの友達が首吊りをしたそうだ。

目を見開いて顔はむくみ、長く伸びた舌は 途中で噛んだせいか切れていて、血で真っ赤に染まり、 口や舌から流れた血が乾いて固まっていた。

ぶら下がった遺体が長く長く伸びた姿が今も忘れられない と言うのだ。

首吊りで死んだ大婆ちゃんは、古い農機具小屋で発見された。

隣組の人が回覧板を届けに来た時、小屋の人影に気が付き 挨拶に行くと、クワやカマと一緒に、大婆ちゃんが吊り下がっていた。

「うわーー」と叫び声をあげた。

すぐ家の人を呼びに行ったが返事が無い。

気配はあるが家から出て来ないのだ。

ただならぬ様子を聞きつけ、人が集まり始めた。

家の婆ちゃんが駆け付けた時、農機具小屋にまだ 遺体が吊り下がっていた。

でも、誰だか解らなかった。

腰を小さく丸めて、 ちょこちょこと歩いて訪ねて来る大婆ちゃんの面影はなかった。

くの字に曲がっていた腰や膝が完全に伸び、 別人の様に体が長く長くなっていたから。

近所の婆様達は、血だらけで失禁した 体を拭く為に布を用意し

「むつこいがら、早ぐ降してけろ」(可愛そうだから、早く降してちょうだい)

と懇願した。

 

家族を家から引きずり出し立ち合わせた。

大爺も息子も嫁もバツが悪そうに出て来た。

遺体を抱え、吊るされた紐を切ったその時、 大婆ちゃんの遺体が「ヴァァーーーー」と声をあげた。

集まっていた近所の人達が「ギャー」と叫び声をあげ、 クモの子を散らした様に散り散りに逃げ出し、 あちこちにシガミついた。

「許してけろーーーー」と、 家族は一斉にひれ伏し拝み倒して謝った。

近所の人達は、大婆ちゃんの家族に詰め寄り

「にしゃだ!ないでかいでばばのせいさして、 なんたごとまようなだ!」

 (貴様ら!なんでもかんでも婆のせいにして、 どやって償う気だ!) と怒鳴り立てた。

大婆ちゃんには少し知的障害があった。

その事を家族全員がバカにし、辛く当って虐げていた。

家制度が色濃く残る時代、わかっていても回りは 助けられなかった。

首吊り遺体を発見してから、暫くたっても放置された訳は、 動揺していた事もあるが、体裁を気にして隠そうとしたからだった。

婆ちゃんは一通り話終わると「○○さんの家の大婆ちゃんだ。」と言った。

「○○さんって、B君の家!?」B君は同級生だ。

もちろん家も知っている。私は愕然とした。

婆ちゃんは続けた。

「首吊った小屋、外からも見えるべ。 あそこだ。」私は固まった。

B君の家の小屋は、学校の通学路から見える。

朝夕そこを通る度、『ここで死んだのか』と、思いだして怖かった。

私はB君が傷つくと思い、彼の家で そんな悲惨な事件があったとは誰にも言えなかった。

今もB君の家の近くを通ると思いだす。

でも、首吊り遺体が「ヴァァーーーーー」と声をあげる様子を忠実に再現して見せる婆ちゃんが、何より一番怖かった。

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