小学生の頃の話。
私の父親は本当に山が好きで、山小屋の管理人を長年している人でした。
そんな家庭事情なので、私と弟と母親は麓で暮らす生活をし、シーズンになる夏休みの時期だけ、手伝いにその山小屋で暮らす生活をしていました。
これは、その時に起こった出来事です。
山小屋がある標高は、雲の上にありました。(すみません詳しい標高を言うと、わかってしまいますので伏せさせていただきます)
下界との通信手段は無線のみ。携帯電話、スマートフォンなどは当時まだ無く、それが唯一の通信手段でした。
電気は発電機で、昼間の間だけ回しているような環境でした。
なので夜から早朝は本当に暗く、危険な場所でありました。
ですが、山頂から眺める景色は晴れていれば海と山脈、両方を眺めることができる素晴らしい景色を見せてくれますし、条件さえ合えば山小屋から雲海とそれに沈む夕焼けが見ることができる場所でありました。
その景色を目指して登る登山客の方々をお手伝いするのが父親の仕事であり、私達の仕事でもありました。
ですが子供である私達にできるのは、早朝に出発する方の泊まっている扉を叩き声をかけ、父の手作りのお弁当を渡すことでした。
ある日、いつものように早朝に出発される方々を起こし、お弁当を渡し「いってらっしゃいませ!」と声をかけていると、ある男性の方がニコニコしながら声をかけてくれました。
「ありがとう、僕にもね、君ぐらいの子供がいるんだ」
と写真を見せてくださいました。 幸せそうに笑いあう家族写真でした。
その方は前の夜の夕食時、父とお酒を飲みながら家族の話をたくさんしていた人でした。
私も一緒に話に加わりながらお菓子をもらったりしていたので、よく覚えていました。
「頂上で写真を撮るって約束してるんだ、いつか一緒に来るからね、その時はお友達になって欲しいな。きっと仲良くなれるよ」
とも言ってくれたその男性は、優しく私の頭を撫でてくれました。
私は蛍光オレンジ色の登山着を着たその人を笑顔で見送り
「天気が晴れますようにお祈りします!」と返しました。
その日は早朝から快晴だったので、なんだか嬉しくて、小屋の掃除のお手伝いもテキパキ済ませて小屋から山頂を見上げていました。
ですが、山の天気は本当に変わりやすいのです。
朝方は快晴で雲なんて見当たらなかったのに、昼近くなると小屋の周りは真っ白な雲に覆われてしまっていました。
霧とは違うのです、本当に真っ白になるのです自分の手の先ぐらいまでしか見えないような景色になってしまうのです。
私は早朝に出発した人達が心配なり、小屋の入口から山頂方向であろう場所をずっとみていました。
早朝に出発したならば、お昼には山頂に到着してまた午後には帰ってくる予定だったからです。
ずっと外にいる私を心配して出てきた弟の手を握りながら、待ち続けお昼を過ぎた頃でした 急に、遠くから何か気配がしたのです。
それに、気づいた瞬間でした。
おーーーーーーーーーーーーーーい
遠く山頂付近の方角から、掠れた声が聞こえました。
そして続けて
おーーーーーーーーーーーいお父さんだよーーーーーーーーーーーーーおーーーーーーーーーーーーーーーーい
なにか間延びしていて、やまびこのように聞こえる妙な声が、聞こえたのです。
私の父親は午前の登山道の見回りをおえて、今休憩しているはずです。
だからおかしいな、と思い声の聞こえた方向に向けて「違いますよー」と大きく声をかけようと口をあけた時でした。
背後から何かが強く私達を引っ張ったのです。 それは、父親の腕でした。
太い腕で私達を隠すように小屋の玄関に引き入れて、覆うように強く抱きしめられた私達はわけもわからずにぼぅとしてました。
その間も遠くから響くこえが聞こえてました。
おーーーーーーーーいおーーーーーーーーーーーーーーーーーい
おーーーーーーーーーーーーーいお父さんだよーーーーーーーーーーーーー
父は静かに言いました。
「見るな、聞くな、声を、出すな」 と私と弟に言い聞かせました。
異変に気がついた母親は事務所から毛布を持って私達をくるんでくれました。
そうしていると、私達を呼ぶ妙な声は遠くになり溶けるように聞こえなくなりました。
聞こえなくなったのがわかると、父親は急に登山の準備をし始めながら「小屋から絶対に出るな」と言い無線機を背負い真っ白な山頂へ向けて出発したのです。
父親が出発して多少の時間が立った頃、早朝に登った方々が少しづつ帰ってきました。 その中に、あの人の姿は、ありませんでした。
後から母親から聞いたのですが、私は必死になってその人の事を聞いていたようです。
誰もが「見てない」と言ったことだけは覚えてました。
そうこうしていると父からの無線が聞こえてきました。
「登山客、一名滑落」 と。
その後、山頂付近の岸壁から遺体が引き上げられ、ヘリで運ばれていきました。
私はそれを窓から眺めているだけでした。
その事があったのが原因なのかわかりませんが、父親は次の年に長年管理した山小屋の管理人を辞退し私達と一緒に引っ越し、今はペンションを経営しています。
父親とあの時私達が出会ってしまった事については、話していません。
怖い、という事もありますが何か聞いてはいけないような気がするからです。
実は、私は父から「見るな」言われたのですが。
父に小屋の中に引き入れれる瞬間に、見てしまっていたのです。
雲で真っ白で、判別ができないはずなのに、小屋に向けて登山道を無視して山頂から降りてくる、蛍光オレンジ色の登山着をきたあの人が手を振りながらこちら近づいてきていたのを、見てしまっているのです。
その事があって以来、私は登山をしていません。
してしまったら、またあの声が聞こえるような気がしてならないのです。
