花嫁

 これは知人が20年ほど前に働いていた職場の同僚から聞いた話です。

 当時、知人が働いていたy県に、結婚を約束したカップルがいたそうです。
 結婚式当日、新郎新婦は式場まで各々、車で行くことになっていたらしいです。
 なぜ二人が一緒に向かわなかったのかは詳しくは分かりません。
 式場に先に着いたのは新郎でした。
 新婦が来る間に自身の身支度をすませ、しばらく時間を潰していたらしいのですが、約束の時刻になっても彼女は一向に現れませんでした。
 心配になった新郎は新婦の携帯に電話をかけたのですが繋がりません。
 本来なら式進行の最終確認を二人で行う予定だったらしいのですが、仕方なく新郎ひとりで段取りを行いました。
 それから段々と、御両家の親戚や友人たちが式場に集まり、エントランスは賑わいを見せ始めてきました。

 式開始時刻まで間もなくとなったその時、やっと新婦が到着しました。
 しかし、新郎の目の前に飛び込んできた彼女の姿はより一層、不安にさせるものでした。
 新婦の服はボロボロで所々に血の様な跡が付いていました。
 新郎は血相を変え新婦に尋ねました。 なんでも彼女の家から式場までの間に峠を越えなければならないらしいのですが、その山中で対向車と事故を起こしてしまったらしいのです。
 しかし、時間に間に合わないと判断した新婦は、周りの制止を振り切って式場に向かったとのこと、それを聞いた新郎は結婚式を中止しようと促しましたが、彼女は聞き入れませんでした。
 仕方なく式場スタッフが彼女を控え室まで連れて行き、着付けを行う事にしました。
 新郎一同はしばらく彼女を待っていると、スタッフが勢いよく部屋に入ってきて言いました。
「新婦が倒れました」
 結婚式は即座に中止し、それから間もなくして救急車が駆けつけました。
 しかし、新婦が息を引き返す事はありませんでした。

 後日、検証の結果、新婦が峠で事故を起こした時には既に内臓を大きく損傷していたそうで、ほぼ即死に近い状態だったそうです。
 それでも奇跡的に彼女は立ち上がり、式場までなんとか駆けつけたそうです。
 ですが、残念なことに着付けを終わらした時には体力が尽きて亡くなってしまったそうです。
 それからというもの、この悲しい事故があってからその式場では、式当日の車での入場は禁止になったそうです。
 事故を起こしてしまっても尚、立ち上がらせ足を運ばせた原動力には、人生の晴れ舞台、新郎と共に新たな道を歩みたいと願う彼女の愛の力がそうさせたのかもしれません。
 亡くなられた新婦さんにご冥福をお祈り致します。
 ご静聴ありがとうございました。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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