貸家から聞こえていた声

同僚のNさんに聞いた話で、Nさんが仕事が忙しく、なかなか帰省出来ないでいた時のこと。

Nさんの母親から電話があり 「地下鉄が開通して、とても便利になった。」 と聞いて、久しぶりに帰ることにしたそうだ。
新幹線を降りて、案内表示に従い地下鉄に乗った。
家の近くの駅で降り、地上に出て驚いたという。
自分の家まで100メートルもなかったそうだ。
「こんな近くに駅が出来た。これは確かに便利だ。」 と思ったという。
そして、地下鉄の影響だろうか、景色が一変していた。
古い家並みだった所に、新しくお洒落なアパートが立ち並び、危うく自分の家を通り越してしまうところだったという。

久しぶりの帰省を満喫し、 あっという間に帰る日となった。
寂しい気持ちで玄関を出ると、目の前のアパートの一室が空き部屋になっていたので、何気なく覗いてみたそうだ。
そこは102号室で、綺麗なワンルームの南向きベランダ付きプラス地下鉄駅そばとなればすぐ決まるだろうと思ったそうだ。

それからNさんは、地下鉄の便利さもあり、度々帰省するようになった。
しかし向かいの102号室は、いつも空き部屋だったという。
母親に聞くと、不思議なことに入居してもすぐに出て行くのだそうだ。
このアパートが建つ前は、平屋の貸家で、60代後半の内縁関係だという男女が、二人で暮らしていたとのこと。

ある日Nさんが、学校から帰ると、家の近くに消防車が止まっていて驚いた。
聞くと貸家のおばあさんが、昼間布団の上で寝タバコをして、自分の身体に火が付き、ぼや騒ぎとなったそうだ。
布団と畳が燃えただけで、家は大丈夫だったが、おばあさんは、全身火傷の重症で、退院しても寝たきりになってしまったという。
Nさんは、おばあさんに会った記憶は無かった。しかし、声は聞こえていた。
「殺せー!殺してくれー!」
時にか弱く、時に泣き叫ぶ程の大声で、繰り返し聞こえていたそうだ。
夜中でも、Nさんが自分の部屋で勉強していると、はっきりと聞こえてくる。
「痛い!痛い!殺してくれー!」 という、悲痛な叫び。
今でもはっきり覚えているそうだ。

全身火傷の後遺症は、痛みを伴い大変だったらしい。
その後すぐ、同居の男性は失踪し、おばあさんは寝室で亡くなられていたそうだ。
死因は明かされなかったという。
その寝室のあった場所が、102号室だった。
Nさんの母親が一度だけ、102号室の前で手を合わせる初老の男性を見かけたそうだ。

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