来世でまた逢いましょう

社会人2年目の頃、私はめちゃくちゃ合コンに参加していました。
女子高出身なことに加えて大学も文系学部で、常に女性に囲まれて大人になった私は、恋愛らしい恋愛を経験できないまま社会人になってしまい、正直かなり焦っていたんです。

その頃はまだマッチングアプリやSNSが一般的でなく、合コンは友人や知り合いのツテだけが頼りでした。
もともと人と話すことは好きなので、そうやっていろんな合コンに出ていると、彼氏はできなくても一緒に参加した女性と仲良くなることがあります。
A子も合コンをきっかけに仲良くなった友人でした。
A子は明るい色の巻き髪でバチバチの濃いメイクを施したいわゆる「ギャル」で、
当時「森ガール」と言われていた私とはあまり共通点がなかったのですが、不思議と意気投合し、しょっちゅう二人で遊び歩いていました。

あるとき、二人で神戸旅行へ行ったことがありました。
初日は午前中に品川を出発し、昼過ぎに三宮へ到着、異人館の方へ向かいながらどこかで遅いランチをするという計画だったと思います。
もう結構前のことなのであまり詳しく覚えていないのですが、駅を出て食事できるお店を探しているとき、珍しくナンパのようなものに遭いました。
相手は大学院生だという二人組だったと思います。
神戸出身ではないと言っていましたが、関西弁の柔らかい話し方が私にはとても新鮮で
「4人でランチしたら楽しそう」と思い、この辺りのカフェで相席をしようと誘いました。
二人からはOKをもらったものの、A子は「まあ、好きにしていいよ」と、やや微妙なリアクションでした。
私は「あれ、ここでガツガツいかないの珍しいな」と不思議に思ったのを覚えています。
というか、こういうときは私ではなくA子が相席に誘うのがお決まりのパターンなのです。
とはいえ、A子は嫌なときは嫌とはっきり言うタイプなので、私はそれ以上気にしませんでした。

4人での食事はとても楽しく、短い時間でしたが色々な話で盛り上がりました。
途中、男性の片方がバイト先から呼び出されていなくなってしまいましたが、残った方の男性は最後までとても親切で、トイレに立った時に全員分のお会計も済ませてくれていたようでした。
歳はそれほど違わないものの、一応学生と社会人だったので私は恐縮しましたが、彼は笑顔で
「旅行は物入りだから、今日浮いた分で甘いものでも食べてください。あと、夜は危ないから出歩いちゃいけんよ」と言いながら、さっと立ち上がりました。
あれ、どこに行くのだろう、と思いながら見ていると、急ぎの用でもあるかのように店からパッと退散してしまったのです。
「え?ウソ?帰ったの?メアドも交換してないのに?」
私はびっくりすると同時に激しくショックを受けました。
先ほどまで楽しく過ごしていたと思っていたのは私だけで、彼らは私のおしゃべりにうんざりしていた、ということなのでしょうか。
私の何がダメだったのかまったくわかりませんでしたが、だからこそ20年以上恋人がいないのに違いありません。

私はA子に泣きつきました。
「私っていっつもこうじゃん?もうお金払うから、何がダメだったのか紙に書いて渡してくれてから帰ってほしいよ」
すると、A子が意外なことを言いました。
「いや、私はやっとわかったよ」
そのときのA子は、やけに神妙な顔をしていました。
険しい顔つきのまま、A子は私に「大事な話があるからちょっと聞いて」と言い、よほど長話をする気なのか、店員さんを呼んで二人分のコーヒーを追加で注文しました。

以下、私をB子として書きます。
「前から思ってたけど、B子は何にも悪くないと思うよ。本当はずっと、なんで恋人できないのか不思議だったのよね」
A子はまずはじめにそう断ってから、少し声のトーンを抑えて自分自身のことを話し始めました。
実はその日初めて聞いたのですが、A子は霊感が強いのだそうです。
と言っても、幽霊が見えるというよりは勘が鋭いタイプだとかで、不幸なことが起きる前触れなどに敏感らしいのです。
死期が近い人から線香の匂いがするとか、入院中の祖母が亡くなった時間に鈴の音が聞こえて起きたとか、そういう霊感だと説明してくれました。
A子は初めて私に会ったとき 「うわ!この子貧乏神憑いてんじゃん!初めて見た!」 と思ったそうです。
貧乏神とはあくまでA子の初見の感想ですが、私はそれを聞いて思わず嫌な顔をしてしまいました。
というのも、さすがに人に言ったことはなかったのですが、実は「自分には貧乏神が憑いているんじゃないか?」と思ったことが何度もあって、
家族相手にはよくそんな愚痴をこぼしていたのです。

私は学生時代3つアルバイトをしましたが、私は見る目がないのか、どこもブラックでとても嫌な思いをしました。
私が辞めた直後、すべての店が撤退したり潰れたりしてなくなりましたが、いい気味だと喜ぶ間もなく、
バイトでの無理が祟ったせいか、体のあちこちを悪くしました。
未だにひと月3つか4つの病院に通っていますし、去年からは難病指定の病気も発症してしまいました。
他にも住んでいたアパートの下の部屋が火事になるとか、命を落とさないギリギリラインの不幸にしょっちゅう見舞われているのです。
「B子ってよく、そんなことある?って驚くようなことが起きる、って言うじゃない。それも貧乏神のせいだろうなって、薄々思ってたんだよね」
「それは違うでしょ?」
私は思わず否定してしまいました。
というのも、私の身の上に起こる信じられないような出来事というのは、めちゃくちゃな交通事故に巻き込まれたのにたまたま無傷で済んだとか、ラッキーな話も含むからでした。
「だからね、やっぱ貧乏神じゃなかったの。何かはわかんなかったけど、さっきやっとわかった。男だね、それ」
「男って何それ?」
「B子って幽霊系の話好きだよね。ああいうのって生き霊の話もあるでしょ。幽霊のストーカーみたいなやつ、わかるかな」
「想いが強すぎて無意識に生き霊を飛ばすって話なら聞いたことあるよ」
「そう。あれって実際あるんだよね。私は誰が憑いてるとかそういうのはわかんないけど、B子に憑いてるやつはそれに一番雰囲気が近い。
もしただの死んでる人の幽霊だったら私にはこんなにはっきり見えないと思うし。
でもどこかの誰かがB子のことをめちゃくちゃ好きで、生き霊を飛ばしちゃってるってわけではない」
悲しいですが、それはそうだろうな、と思いました。
私には男友達もいないし、職場で関わりがあるのも10割女性で、あまりにも生き霊を飛ばすような人に心当たりがなかったからです。
「そいつが誰なのかは私にも結局わかんないんだけど、そいつが憑いてるせいでB子は免疫が落ちた病人みたいな状態になってるの。
生きる力が弱いから、不幸に負けるというか、勝手に不幸に引き寄せられるというか。
とにかくそいつのせいで全身ボロボロ。でもそいつはB子のことがすごく好きだから、多少守る役割もしてるのね。
だから酷い目には逢いやすいけど死にはしないんだと思う」
「一応私への好意があるの?」
「うん、かなり好きだと思うよ。だからB子を傷つけるやつのことをよく見てるし、他の男を寄せ付けないの。
さっきの二人さ、言わなかったけど、ちょっと危なかったと思うんだよね。
ついていったらちょっと良くない気がするなーと思ってたんだけど、そいつがゾゾゾって動いて、そんなの初めて見たから、ちょっと気になって、誘いに乗ってみたの」
A子は私に憑いているという謎の存在を「スケさん」と呼びました。
スケさんは最初、大きな人魂のような形になって片方の男性の周りをぐるぐると周回していたそうです。
スケさんがぐるぐるしているうちに、A子はその男性から運気のようなものがすり減っていく、つまり、だんだん不幸になっていくような感じがしたと言いました。

そうこうしているうちに、彼のケータイが鳴ってバイト先からお呼びがかかりました。
A子は「絶対バイト先でロクでもないことが起きたんだろうな」と確信したそうです。
そうして一人を追い払い、スケさんはターゲットを変えましたが、A子の勘によると、こちらの残った男性の方が私たちへの悪意が強かったそうです。
またぐるぐるやるのだろうかとA子が見ていると、人魂がだんだん人の上半身の形になって、その男性の口の中に無理やり自分の頭をねじ込もうとしました。
するとその男性は急に穏やかな表情になって、優しく労わるような言葉が増え、すっかり悪意がなくなったように見えたそうです。
スケさんによって連絡先の交換すら阻止されて、強制退去処分を受けた結果、あのような顛末になったのだと言われました。
「じゃあ私はスケさんを除霊しないと彼氏ができないってことね」
「除霊とかできるようなやつじゃないと思うんだよね。最初貧乏神に見えただけあって、もう人ひとりの魂のレベルはとっくに超えてる。100年以上人呪ってるみたいな貫禄がある」
さすがに私は呆然としてしまいました。
「なんでそんなすごいのが憑いちゃってるんだろう。私何かしたかな?」
昔ボロボロの御社を掃除したとか、お稲荷さんにお菓子をあげたとか、
そういったきっかけで得体の知れないものに憑かれる話を怪談の本で読んだことがありましたが、私にはまるで心当たりがありませんでした。
「なんでも何も、生まれた時から憑いてるんじゃないかな。B子って守護霊みたいなやつがいないんだよね。スケさんに追い出されたのかもしれないけど、最初からいなかった感じもする。
それくらい本当にボロボロのズタズタだから。これはあくまで私の妄想だけど、スケさんはB子の前世の恋人か何かだったんじゃないかな。
しかも来世は一緒になろうって入水自殺したとか、そういう重めの関係のね。
B子は普通に生まれ変わったけど、スケさんは未練が強すぎてずっと生まれ変われずにいて、未だにB子に付きまとってるのかな、と思ったの」
なんだかすごい話になってきました。守護霊がいないという話だって初耳です。
私はもうなんと返事していいものかわかりませんでした。
「生まれ変わりって本当にあるんだ」
とりあえず思いついたままにそう言うと、A子はいや、と首を振りました。
「正直、私は母親がクリスチャンだから生まれ変わりって信じてない。ただ、そう考えると辻褄が合うよなぁって話ね」
私は自分の肩を触りながら、この辺りにスケさんがいるのかと尋ねてみましたが、A子によると、スケさんはいるように見えてここにはいないとのことで
「普段は違う次元にいるのがちょっと透けて見える感じ」だと説明してくれました。
「スケさんがそこからいなくなるとしたら、スケさんがまたこの世に生まれてくるときかもしれない。B子は今世では恋人できないと思うよ、可哀想だけど」
A子は申し訳なさそうに言いましたが、正直なところ、私は絶望感よりも「自分のどこかが悪くて恋人ができないんじゃなくてよかった」とホッとした気持ちの方が大きかったので、気にしないでほしいとA子に伝えました。

あの旅行からもう10年くらい経ったでしょうか。
A子は4年前、諸事情により海外へ移住してしまいました。
今思えば「そんなことってある?」という理由からだったのですが、当時は突然のことにただただ驚いて、見送りにも行けませんでした。
その後、あちらでスマホを盗まれでもしたのか、A子はあらゆる連絡ツールのアカウントを乗っ取られてしまい、今やこちらからの連絡手段は一切なくなってしまいました。
まだ海外にいるのかさえわからず、もう2年以上A子とは音信不通の状態です。
私は相変わらず恋人がいないし結婚もしていません。
命だけは無事ですが、去年は開腹手術を2回しましたし、重めの不幸に見舞われがちなのも変わりありません。
ですが、先日A子と共通の知り合いCと偶然再会し、A子の話を聞くことができました。
Cと私は大学で知り合い仲良くなったのですが、A子とCは同じ高校に通っていた昔馴染みです。
CによればA子は現在東海地方に住んでいるらしく、去年結婚式を挙げた時の写真を見せてもらえることになりました。
私の知らないうちに新しい家族ができていたとは知らず、少しショックでしたが、写真のA子はとても幸せそうで、元気に過ごしているのがわかりました。
お相手の男性とはいわゆる職場恋愛だったらしい、とCが教えてくれて「へえ、あのA子が職場恋愛かぁ」と、少し意外に感じました。
「さすがに結婚式ではいつものメイク辞めたんだね」
つけまつげをしていないA子は別人のようで変な感じがしましたが、まあそういうものだろう、と思っていると、Cが妙なことを言いました。
「そうだね、A子ちゃんていつもすっぴんみたいな化粧しかしてなかったから。こういうのも華やかで似合うよね」
ん?と思い、私は何度かA子のことを聞き返しました。
「A子って◯◯のブランド好きだったよね?そこのリップとかファンデとかリピってなかった?」
「そうなの?知らなかったぁ。てっきりプチプラで済ませてるんだと思ってた。A子ちゃんて服も持ち物も素朴な感じなのが好きだったでしょ?」
「あれを素朴って言う?」
私はすっかり混乱してしまいました。

Cから話を聞いてみると、A子のざっくりとした経歴は私の知っているものと変わりないのですが、なぜか人物像がまったく異なるのです。
Cの話すA子は、物静かで目立たないタイプであり、リネン生地の紺やグリーンの服が好きで、髪はボブヘアにしていることが多かった、と言います。
ギャルメイクも巻き髪の姿も見たことがない、と繰り返していました。
さらに、A子の結婚について、私はどうしても気になることがありました。
「本当はこういうの聞くの失礼だと思うんだけど、結婚て言っても籍は入れてないんだよね?」
「えっ?普通に入れたと思うよ。なんで?」
Cのその反応で、私はだいたいわかってしまいました。
写真の中でウエディングドレスを着て微笑んでいるA子は、絶対に私の知っているA子ではありません。
何があったのかはわかりませんが、私と神戸へ行った、あの巻き髪のA子はいなくなってしまったのです。
A子は、私と知り合った時にはすでにあの格好でA子と名乗っていましたが、18歳までは男性として暮らしていたはずなのです。
高校のブレザー姿の写真も1回だけですが見せてもらったことがありました。
A子と同級生のCなら、私の質問の意図がわからないはずがないのです。

Cと別れた後、私はしばし呆然としていました。
A子がA子じゃなくなってしまった。
意味がわからないし、ありえないことなのに、もうA子はいないんだ、と私は無性に悲しくなってしまい、帰りの電車の中でもずっと泣いていました。
CはA子のSNSのIDを教えてくれましたが、私はこの誰かわからないA子に関わるのが怖くて、未だに開いてもいません。
スケさんが今も私のそばにいるのかと聞いてみたい気持ちもありますが、今となってはあの話を素直に信じていいのかどうかもわからなくなってしまいました。
A子のことも、スケさんの話も、すべてが私の記憶違いだったんじゃないかと思えてならないのです。

昨晩、強い不安感に駆られて、私は長年使っていたノートPCを床に叩きつけて壊してしまいました。
唯一A子の写真のデータが入っていたPCでしたが、これでA子が私と一緒にいたという証明をすべて失ってしまったことに、後から気づきました。
A子のことを考えるたびに暗い気持ちになり、涙が出ます。
もうA子のことを考えるのはやめて、全部忘れてしまった方がいいのかもしれません。

私が体験した奇妙な体験については以上です。
私はメモを取ったり書いたりすると忘れるタイプなので、ここに忘れたいことのすべてを書かせていただきました。
これで明日から、少しでも気分が晴れることを祈るばかりです。

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