終わってない

「ちゃんと終わりは宣言せんといけんよ」とおばあちゃんはよく言っていました。

 おばあちゃんは僕が言うことを聞かない時に「ごんごが出るよ」なんて言う人で、どれも躾の一環から来る言葉だと思っていました。
 ちなみに【ごんご】と言うのは方言で幽霊やお化けの事です。

 その日は同じ小学校に通うA君と二人で、別の学校に通うB君の家を自転車で訪ねました。
 そして僕とA君とB君そしてB君の弟の四人は、近くにある公園で遊ぶ事にしました。
 いつもは行かない他校の学区にある公園は、その時を含めても2回行っただけで、あまり正確には覚えていません。
 上の方にお寺があって、広い敷地内に遊具が3つぐらい点在していました。
 そのうちの1つがジャングルジムだったのは間違いありません。
 そんな基本だだっ広いだけの公園で何となく鬼ごっこが始まりました。
 B君の弟は二歳下だったので、みんな彼を追う時と彼に追われる時は少し手加減して走りました。
 それから「ジャングルジムの上はセーフゾーン。ただし10秒間だけ」とかルールも追加して、汗も気にせずに公園内を走り回っていました。

 ただ少し気になる事がありました。
 僕ら以外の足音がするように感じたのです。
 逃げていると足音が近付いてくる。振り返ると誰もいない。
 鬼は別の場所で別の人を追いかけている。そんな事が何度もありました。
 明らかに足音が多いのです。
 そう言えば広い公園でしたが、僕ら以外に人はいませんでした。
 ボール遊びをするにも散歩をするにも良さそうな公園でしたし、お寺もあるのに、その時は僕ら以外誰もいませんでした。
 30分ぐらい鬼ごっこに興じていましたが、さすがに疲れてきて、みんな自然とジャングルジムに集まってきました。
 それからジャングルジムの上で他愛ない話をし、B君の家に戻りました。
 B君の家でゲームをして遊んだ後、夕方にはA君と自転車をこいで家路につきました。

 それから僕は度々足音を聞くようになりました。
 それはタタッと子どもが走っているような音でした。鬼ごっこの時に聞いた足音です。
 そして数日後の放課後、日直の仕事と飼育係の仕事が重なっていつもより遅く教室を出ました。
 廊下はオレンジ色に染まっていて僕以外に誰もいません。
 オレンジ色の原因は窓から射し込む夕日。ですが、そんなはずはありません。
 さっきまで教室は明るく、窓の外は青空だったのです。
 長く続く廊下はいつもの廊下のようであり、いつもの廊下ではありませんでした。
 僕は何となく異世界に紛れ込んでしまったんだと思いました。
 寂しさと心細さに襲われます。
「どうしよう」と思っていた時です。
 誰かが走ってくる音がしました。あの足音です。
 僕は音のする方を見ました。
 廊下の先、子どもがこちらに向かって走ってきます。
 全身真っ黒。遠くで影になっているからかと目を凝らしましたが、段々と近付いてくるその子どもは相変わらず真っ黒。目も鼻も口もありません。
 高く挙げた左手を激しく振りながら一直線に僕へと向かって来ます。

 何故か「タッチされる」と思いました。これは鬼ごっこだと理解したのです。
 そして、おばあちゃんの言葉を思い出しました。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 鬼ごっこ終わり! 鬼ごっこはもう終わり!」
 僕は精一杯叫びました。真っ黒な子どもはもう目の前まで来ていましたが、僕が叫んだと同時にピタリと動きを止めました。
…………しばしの沈黙。
「あ~あ、もうちょっとだったのに。じゃあ……君の………に…こう」
 真っ黒のそいつはそう言って消えてしまいました。
 気が付くと辺りは明るいいつもの廊下です。 僕は涙が出そうになりました。

 本当に本当に恐い経験でした。
 今までも終わりを宣言なんてしていなかったのに、何故今回だけこんな事になったのかはわかりません。
 あの公園のせい? 近くのお寺のせい? いつもが幸運だっただけ?
 結局わからないままですが、僕はあれから何事も終わりを宣言するように心掛けています。
 皆さんにはまだ終わっていない遊びありませんか?
 ふいにあなたの肩を「み~つけた」と叩く誰かがやってくるかもしれませんよ。
 僕の話はこれで終わりです。
 もう終わり、もう終わり、もう終わり。

投稿: ゲーデルの不完全ラジオ


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる