ホワイトボード

子どもの頃、我が家には小さなホワイトボードがありました。
【冷蔵庫にプリンがあります】のような伝言、【7月4日 参観日】のようなメモ、【しょう油・シャンプー】のような買う物リスト、そんな感じで母が色々書いていました。
そして母は決まって可愛いウサギや猫のイラストを添えるのです。

ある日、帰宅するとホワイトボードがテーブルの上に置いてあり【むかつく】と殴り書きが。
私は本当に本当に驚きました。そんな事が書いてあった事は今まで一度もありません。
弟が書いたのかとも思いましたが、間違いなく母の字。
可愛いウサギのイラストもあり、それが何だか凄くアンバランスで怖かったのを覚えています。
「ねぇ、ホワイトボード見た?」
私は先に帰っていた弟に訊ねました。
「見てないよ」
そう呑気に答える弟の手を引っ張って、リビングに連れて行きます。
「これ見て……あれ?」
ホワイトボードの字は消えていました。
それから度々ホワイトボードへの不穏な書き込みを見る事になりました。
【あぁ、腹が立つ】
【許さない】
【絶対に許さない】
でも目撃するのは私だけ。それに書かれた文字は誰もいないのに、誰も消せない状況なのに、気付くと消えています。
雑に擦ったように文字は消されていました。
これは私だけに見える幻覚? でも確かにホワイトボードにハッキリと文字は書かれているように見えるのです。
【あいつ浮気してる】
それが私が最後に見た一文。イラストの可愛い猫は笑顔で包丁を持っていました。

結局、私は母にホワイトボードの件を話す事はありませんでした。
何となく言ってはいけない気がしたのです。
そして両親は離婚。理由は父の浮気でした。
私は結婚しても家庭にホワイトボードは置かないでしょう。
ホワイトボードが不気味で仕方なくなりましたから。
でも、本当に一番怖かったのは、ホワイトボードではなく、離婚するまで一度もそんな素振りを見せず、常に家族に笑顔で接していた優しい母です。

朗読: 思わず..涙。


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