田舎の大学の話

 大学時代、私は文化祭実行委員会をやっていました。
 そこそこ新しい地方の小さな公立大学で、サークルや部活動があまり盛んな学校ではなかったので、毎日毎日どこの部よりも遅くまで残って仕事をしていたと思います。
 今はどうなっているか知りませんが、当時は田んぼの真ん中に大学のキャンパスだけがポツンと建っているようなロケーションだったので、メンバーの団欒の場は、広めの間取りのOBの部屋か、部室棟にあてがわれた実行委員会室かの二択でした。
 私は大学から3〜4キロ離れた学生向けアパートからの自転車通学でしたが、実家住まいの学生は車通学が大半で、学生の間に終電とか終バスという概念はほぼありません。
 そのためあまり時間を気にせず、日付が変わって警備員さんが声を掛けに来るまで、のんびりと小道具作りや先輩のお手伝いをしていた記憶があります。
 1年のうち3ヶ月くらいがそのようなシチュエーションだったので、先輩からは様々な話を聞かせてもらいました。
 もちろん幽霊の目撃談など怪談の類もありましたが、どちらかというとメインは自殺の話でした。

「夏休みの間にあそこの教室で首を吊った人がいて○○先生が見つけた」とか
「昔校内で傷害事件があって犯人はそのまま自殺した」とか、新聞に載るような事件も度々起きていたようです。
 一番幽霊が出るのは私の所属する学部が入っている棟だそうで、確かに「あの怖そうな○○先生は飲み会の時は気さくで優しいのに、校内でいつも険しい顔をしているのは幽霊が見えているからなんだって」という噂も別口で聞いたことがありました。
 そのあたりは本当かどうか怪しいところですが、キャンパス内での自殺者が多いということだけはとにかく間違いないようです。
 自殺者が多いというのは、入学して間もない私たちには幽霊話よりも恐ろしい話でした。
 当時から「自殺者の多い大学ランキング」のような番付があり、学生の自殺率はかなり環境に左右されるらしい、という定説がありました。
 私たちはメンタルを病みやすい大学に入ってしまったんだ、と結構ショックを受けた記憶があります。
 そんな怖い噂が多い大学でしたが、実行委員の活動中に怖い思いをすることはあまりありませんでした。
 学生向けの賃貸アパートが建っているエリアがかなり狭い地域に限定されていたため、一人で帰る日はほぼなく、常にメンバーの誰かと一緒にいたためです。
 それでも一つ、ものすごく怖いと今でも強烈に印象に残っている怪談話があります。

 大学ではよくあることだと思いますが、キャンパス内にはちょっとしたオブジェのようなものがありました。
 抽象的な彫刻の周りをセメントでぐるりと囲んでいるのですが、そのセメント部分が座るのにちょうどいい高さで、ちょっと時間を潰したい学生や、売店のパンを食べる人などが座っていたような記憶があります。
 その付近に女の幽霊が出るというオーソドックスな話だったのですが、ある日、山中さんというOBとその話になったとき「その話って詳しく知ってる?」と聞かれました。
 ざっくりと「女の幽霊が出る」としか知らないと答えると、山中さんは話して聞かせてくれました。
「それって逆さまの女なんだよ。足じゃなくて頭が地面についてて、ズズズーって動くんだって。真っ黒い髪をずるずる引きずりながら、あのあたりを徘徊するんだって」
 山中さんは研究科所属というのでしょうか、学部が違うのでよくわからないのですが、とにかく5年以上この大学に通っている人なので、その逆さまの女に遭遇した人の話もいくつか知っているようでした。
 そんな女に出くわしたらと想像するとゾッとしてしまい、今も忘れられません。
山中さんは「でもなんかいつも忘れることがあって、その女は何かぶつぶつ言いながら徘徊してるらしいんだけど、大体見た人全員、同じようなことを言ってるのを聞くんだよね。でもおれはなんでかいつもそれを忘れちゃう。聞くと、ああそうだった、前の人もそう言ってたって思い出すんだけど」とも言っていました。

 一体その女が何を呟いているのか、怖いけど気になります。
 想像せずにはいられないのがまた、この話の怖いところです。

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