8番目のカード

 私が高校1年生の時、部活の夏合宿で、学校の敷地内にある宿泊施設に泊まった時の、怖かった体験談である。

 私の高校は、歴史も校舎もとても古かったが、宿泊施設はあとから建てられた為、とても綺麗だった。
 20畳程の和室の2階建てで、床の間もあり、普段は華道部と茶道部が使用していた。
 また、1階には、学生食堂が併設されていたので、合宿の際の食事もここで作ることができた。
 女子校の運動部での夏合宿なので、楽しみよりも恐怖心の方が強かった。
 怖い先輩方とずっと一緒に過ごさなければならない。緊張の連続だった。
 更に真夏だったので、暑さとの闘いでもあった。
 午前中は基礎トレーニング、午後は部活のソフトボール、夕方はプールとシャワーで汗を流した。
 夕飯を食べて後片付けが終わると、テレビも無いので、1年生は、1階の和室に布団を敷いて、みんなで雑談をするのが唯一の楽しみだった。
 すると1人の子が、聞いたばかりだという怪談話を始めて、仕方なく聞くことになってしまった。

 それは、英語担当のDという先生によって自殺に追い込まれてしまった女生徒の話だった。
 Dは授業の始めに、毎回10分間の小テストをするのだが、テストの最中、必ず通路を回る。
 その際、Dは1人1人の机を覗き込み、様子を伺うふりをして、実は、お気に入りの女生徒数名のひじの部分に、自分の股間をさりげなく押し当てていた。
 そして更に放課後、ある1人の女生徒に、教室で身体を密着させて個別指導を行っていたという。
 それを知ったクラスメイトが、 「えこひいきされている」 と誤解して、彼女を集団でいじめ始めた。
 ある日、誰にも相談出来ず追い詰められたその女生徒が、首吊り自殺をして、その遺書により、Dの悪行も発覚した。
 その後、その女生徒の霊が、教室で多数目撃されるようになったそうだ。

 もともと私の高校には、『学校の7不思議』のような話が7つあり、プールの第4コースを泳ぐ男の子の霊の話とか、下駄箱前の大きな鏡に映る黒い影の話とか、中央階段を滑り落ちる霊の話などがあって、みんなが知っていた。
 そして、それらの場所も昼間なら、それ程怖くない。
 しかし、古い校舎だったので夜ならば、かなり怖いだろうと思っていた。

 合宿の3日目の夜に、毎年恒例のイベントがあった。
 その日は、夕方から続々と引退した3年生の先輩方が集まり、そそくさと校舎の方に消えて行った。イベントの準備をしていたらしい。
 その夜、3年生も含め全員でデザート付きの少し豪華な夕飯を済ませると、2年生の先輩からイベントの発表があった。
『肝試し』 である。
 私達1年生の間で、 「えーっ!」 という声が上がった。
 当然、1年生が対象で、2年生と3年生の先輩方が仕掛け役となる。 2人ずつのペアで、渡された校内図の順番通りに、7ヶ所のカード(場所を明記したカード)を集めてこなければならなかった。

 さすがに夜の校舎は怖かった。
 たった2人で、窓からの薄明かりの中、懐中電灯1つだけで進まなければならない。
 ところが、行く先行く先に必ず先輩方がいて、驚かしてくる。
 最初は、本気でびびっていたが、段々滑稽に思えてきて、楽しくなった。
 それでも先輩方なので、一応怖がるふりをして、必死にカードを集めた。

 プールの第4コース、下駄箱前の鏡、中央階段、第1体育館のトイレなど、学校の7不思議とされていた場所を7ヶ所、順番通りに進んだ。
 学校中から悲鳴やら笑い声やら怒りの声が飛び交い、盛り上げてくださった先輩方に、初めて親しみを感じた。
 楽しいイベントも終わり、3年生の先輩方も帰った後、私達1年生が合宿所1階の部屋で話をしていると、2年生の先輩方が3人部屋に入ってきて、 「これからA子(先輩)が、1年生に催眠術をかけます」 という。
 正直、皆、合宿の疲れやらイベントの疲れで、面倒臭い気持ちでいっぱいだったが、先輩の言うことには逆らえなかった。
 私達は、渋々A子先輩を囲むように立たされて、その催眠術が始まった。
 A子先輩が、本当にゆっくりと話し出した。
「目を閉じて、気持ちを楽にして下さい。今から、私が数字を逆に数えます。0になったら、目が開かなくなります」
 最初こそA子先輩の声が聞こえていたが、私は、目を閉じたあたりから、もの凄い睡魔に襲われていた。
 まずいと思いながら必死に睡魔と闘ったが、いつの間にか眠ってしまったと思う。

 はっと意識が戻って、目を開けると、私は立ったままの状態だった。
 部屋は真っ暗で自分1人だけだ。
 暗闇に目が慣れてくると、足元には布団が敷き詰められているのに、誰も寝ていないのが分かった。
 その時すぐ後ろで気配を感じて、振り返り、言葉を失った。
 ほんの数メートル程先、そこには、床の間があり、掛軸があったはずだったが、その前に人がぶら下がっていた。 てるてる坊主のように。
 制服を着た女生徒が、首を吊り、頭はガクンと垂れていて、顔が見えない。
 息絶え全身脱力した身体が、静かにそこにあった。
 私は、言葉にならない悲鳴を上げたと思う。
 そして再び意識を失い、気が付くと朝になっていた。
 私は、ちゃんと布団に寝かされていて、数名の1年生が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 話を聞くと、A子先輩の催眠術が始まり、他は誰もかからなかったが、私だけがおかしくなり、その内悲鳴を上げて気絶したとのことだった。
 催眠術にかかったとは思いたくなかったが、眠くなって寝てしまった感覚かあった。
(やはりあれは夢だったのかな) と思い至った。
 しかし、ふと気付いた。 手の中に何か握りしめている。
 開いてみると名刺サイズの白い紙切れだった。
 広げて見ると、真ん中に何か記号のようなものが書かれていた。 それには見覚えがあった。
『肝試しのカード』と、同じ物だった。
(何でこんなものを握っていたのだろう?) と思いながら、私は、合宿の初日に聞いた怪談話を思い出していた。
(あの女生徒はどこで首吊り自殺をしたのか?)
 しかし、怪談話をしていた子に聞いても、 「そこまでは知らない」 と言われた。
(もしかしたら、彼女が自殺した場所を誰も知らないのかもしれない)
 そう考えると、震えが止まらなくなった。

 改めて床の間にぶら下がった彼女を思い出した。
 私だけが、8番目のカードを手に入れたのかもしれない。
 しかも、それがみんなで寝泊まりした、この場所だった。

 私は、誰にも話せなかった。
 これは『学校の7不思議』とは少し違う気がしたのだ。
 実際に亡くなった女生徒が、私にだけ、たまたま見えてしまったのかもしれないし、または、本当に夢だったのかもしれないからだ。
 改めてカードをよく見ると、 震えた文字で、 『ココ』 と書いてあるように思えた。

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