後田さん

 僕の会社に後田(うしろだ)さんと言う先輩がいる。
 ちょい悪オヤジ系な人で「昔はチャラかったんだろうなぁ。いや、今もチャラいか」って感じの人。
 だから酒の席でも基本的に話はチャラい。
 昔遊んでいた話や僕達へのチャラめなアドバイス。
 別に嫌味な感じはなく、気軽に話せるので、僕はけっこう好きな先輩だ。

 その日も、襟元を少し開けたシャツにスカーフをインし、ちょい良さげなスーツ姿でやって来た後田さんが、僕の隣に座った。
 そこで、僕はいつもとは違った話をしてみようと「怪談系の怖い話や経験って何かあります?」と訊いてみた。
 後田さんは少し考える素振りを見せると「あぁ、1つ聞いた話ならあるよ」と話し始めた。

「知り合いが昔、仲間と心霊スポットに行った時の話だ。そこでは結局何も起きなかった。ところが、その帰り、ズボンのポケットに手を突っ込んだら……その手をそっと握り返されたんだってさ。ポケットの中で」

 なかなかインパクトのある話が聞けて意外だった。訊いてみるものだ。

「けっこう気持ち悪い話ですね」
「で、この話には続きがある。そいつがけっこうヤンチャな奴でさ、やれるもんならやってみろってな気持ちで、そのまま家に帰ったらしいんだ」
「さすが後田さんの知り合いですね」
「そしたら、案の定怪奇現象が起こった」
「完全に連れて帰っちゃってますね」
「最初は朝起きると右足首に手形があった。次の日には左の脛、その次は右太もも、左手首、右腕、段々登って来てるらしい」
「うわぁ……」
「で、ついに首に手がかかった。知り合いは苦しくて目を覚ます。すると目の前に長い髪に覆われた頭があって、そいつが首を絞めている」
「…………」
「手を退けようとすると首にギギッと爪が食い込んだ。苦しい、痛い。せめてどんな奴か顔を拝んでやろうと前髪を掻き分けてみる。ところが、顔がない。それ、後頭部なんだよ。顔は……うしろだっ!」
「わっ、ビックリしたぁ。ちょっと、それ後田さんの持ちネタですか? え、ひょっとして全部嘘?」

 後田さんは楽しそうに笑ってお酒を呑み始める。
 そんな後田さんの首元、スカーフの下にちらりと爪で引っ掻いたような古傷が数本残っているのが見えた。

 あの話は後田さん本人の話だったのかな?
 あ、ちなみに、今も変わらず後田さんはチャラい。

朗読: 思わず..涙。
朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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