黒い人影が見えたら、必ず

 知り合いの恵子さんは、中学生の時に、同級生の死に直面してしまった。それからというもの、頻繁に怖い体験をするようになったそうだ。

 中学3年生だった恵子さんが、朝、学校に登校すると、校門からの緩やかな坂道を登り切った所で、同じクラスのB子さんが目の前にいることに気が付いた。
「B子ちゃん、おは…!」
 恵子さんが声を掛け始めたその時、突然、B子さんの身体が、崩れ始めたという。
「うわぁーーー!」
 恵子さんは、咄嗟に両手でB子さんの身体を受け止めたが、中学生の恵子さんには、とても支えきれなかった。
 B子さんは、腕の中をするすると滑り落ちて、共に倒れ込んでしまったそうだ。
 突然のことに恵子さんも驚いていると、近くにいた先生が駆け寄ってきて二人を起こそうとしたが、そこでB子さんの異変に気が付いた。 意識が無かったそうだ。
 すぐに救急車が呼ばれ、B子さんは、ストレッチャーに乗せられて運ばれていった。
 その時恵子さんは、奇妙なものが、B子さんの後にぴったり付いていくのを見たという。
 それは『黒い人影』だった。その黒い人影は、B子さんと共に救急車の中に吸い込まれて、見えなくなった。

 翌朝、B子さんが亡くなったと担任の先生から聞かされたそうだ。
 B子さんは確かに病弱で、よく学校を休んでいた。だから、恵子さんもそれほど親しかったわけではない。
 しかし、恵子さんは、B子さんを支えた自分の両腕の感触が忘れられず、暫くはショックから立ち直れなかったという。
 恵子さんが高校生になり、環境も変わり、B子さんの事も忘れかけていた時、再び、黒い人影を見た。
 授業中、ふとななめ前方を見ると、廊下側から2列目の席の前から2番目の女生徒のすぐ後ろに、ぴったりと黒い人影が付いていたという。
 それは、黒といっても薄いもやのような輪郭も定まらない、かろうじて人影と認識できる程度のものであったそうだ。

 恵子さんは、一瞬で中学の時に亡くなったB子さんの事を思い出したという。
 B子さんと共に救急車に乗っていった黒い人影が、B子さんの命を奪ってしまったのではないかと思っていたからだった。
 今、再び現れたその黒い人影は、その女生徒の後ろにぴったり付いて離れない。辺りを見渡しても、その影に気付いている人は誰もいない様子だった。
 恵子さんは、どのように説明したらよいかも分からず、悩んでいるうち、とうとう放課後になってしまった。そして、結局、その女生徒に何も話せないまま、翌日を迎えてしまったという。
 残念ながらその女生徒は、マンションの外階段の一番高い場所から、飛び降り自殺をしたそうだ。
 それで、恵子さんは、やはりあの黒い人影は、『死神』または『悪霊』のようなものなのではないかと思い至った。

 嫌なことは、まだまだ続いた。
 恵子さんが社会人になっても、その黒い人影が見えると必ず人が亡くなったそうだ。
 ある時は、ある知り合いの男女の後ろにいて、その二人は、色々と問題を抱えていたらしく、数日後に心中したとのこと。
 また、ある時、偶然高校の同級生と再会した際、彼の後ろに黒い人影が見えて、 「気を付けて」 と伝えたが、彼は勤務先の工場で、機械に巻き込まれ、片腕を切断し、一命を取り留めたものの、その後死亡してしまったとのこと。

 これは、東北地方のかろうじて新幹線の停車駅がある、そんなのどかな地方都市での恵子さんの体験談である。
 そして、もともと大人しいのんびりした性格の恵子さんだった。死を前にした人に対して、全てを話して説得し、注意を促すという勇気は、到底無かったという。
 もしもそんな話をしたら、たちまち変人扱いされて、酷い目にあうかもしれなかった。
 そして最近では、車の運転中、信号待ちで、ゆっくり左折してきた対向車の運転席を見た時、その顔がのっぺらぼうだったという。
 光が当たってということではなく、はっきり見えているのに顔だけのっぺりとしていて、つるんとしていたそうだ。更に、その助手席にあの黒い人影が並んで座っていたのだった。
「あっ!」 と思ったが、顔がのっぺらぼうだったので、誰かも分からなかった。
 その後、中学の同級生が亡くなったとの連絡が入ったそうだ。
 車を運転中の事故死だったとのこと。あののっぺらぼうに見えた人物は、その同級生だったと直感したという。
 恵子さんは、複雑な気持ちでセレモニーホールでの葬儀に参列した。
 そして、その同級生が今現在、成長してどのような顔になっているのかと思い、祭壇に飾られた遺影写真を見て、大変驚いたという。
 どの角度から見ても、のっぺらぼうのままだった。
 恵子さんは、怖くなりずっと下を向いたまま、葬儀が終わり、早々に帰ろうとしたところ、中学の担任の先生と目が合ったそうだ。
「佐藤先生」
 思わず、声に出してしまったが、卒業してから20年経過していた。先生に私が分かるはずはないと思ったそうだ。
 ところが、 「もしかして、恵子さん?」 と名前を呼ばれて驚いた。
 中学の時、同級生のB子さんの突然死に直面して、恵子さんが、ショックを受けていた時、佐藤先生が優しくケアしてくれたということがあったので、恵子さんにとっては、特別な存在の先生だった。
「私のこと、覚えていて下さったんですね。ありがとうございます」 と言うと、
「B子さんのことがあったから、あなたも大変だったでしょ。時々思い出して、心配してました」 とのことだった。
 しかし、参列者の退室の波にのまれ、何となく出口の方へ押し出されてしまった。

 恵子さんは、佐藤先生にご挨拶をして、お見送りした。
 すると、止めてあった車の方へ歩き出した佐藤先生の後ろから、あの黒い人影が付いていくのが見えたという。
 恵子さんは、慌てて、 「佐藤先生!」 と呼び止めた。恵子さんは、先生のもとに駆け寄って、
「私、影が見えるんです!悪い影なんです!」 と言うと、先生が驚いた顔をして、 「あなたにも見えるの?」 とおっしゃったそうだ。
「先生の後ろに…」 と言うと、先生は、 「大丈夫、私がちゃんと連れていくから。」 とおっしゃったそうだ。
 黒い人影の正体は不明のまま、それ以降、恵子さんは、黒い人影を見なくなったそうだ。
 佐藤先生が、本当に連れていってくれたのかどうかも、もう分からないとのことだった。

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