病棟を駆け抜ける影

 これは自分が看護師1年目に体験した出来事です。

 ある日の夜勤、一番後輩の私は先輩方の分の点滴を薬剤室に取りに行きました。
 一つ一つ確認して、トレーに乗せて部屋を出て施錠しました。
 その時自分の病棟の方から反対側の病棟に向けて走る黒い影を見てしまったのです。
 錯覚か、疲れ目かと思い目をこすりもう一度見ると今度は反対側の病棟から自分の病棟に向かってその影は確かに走って行ったのです。

 慌てて病棟に戻り先輩方に今見たことを話しました。
 先輩は「いや、誰も部屋から出てないしコールも鳴ってないよ。ちょっと怖いからやめてよ。」と半分笑いながら言いました。
 しかし1人の先輩はなんとも言えない表情をしていました。

 休憩時間に入りその先輩に呼び出されました。
「〇〇さんの見た影って本当に影だけで顔も何も見えないけど足音だけははっきり聞こえなかった?」と。
 自分は「はい、まさにそうです。ぼやけてるようで輪郭があるようで気持ち悪かったです。でも……」と言いかけると先輩は
「不思議と恐怖感より可哀想と思える。じゃない?」と言うのです。
 確かにそうでした、恐怖感よりも不思議な事に可哀想と言う感情に支配されたのです。

 それからは夜勤、日勤問わず目にすることが多くなりました。
 先輩もそうだったようですが、見ないし考えないしかないという思いで過ごしていたようです。
 辞めてしまった今では違う職場のためなのか見ませんし分かりませんがこれは、自分だけでなく他の先輩も確実に見てる存在だと言うことです。

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