どこの街にも「名物おばさん」はつきものだと思う。
これは私が現在進行形で体験しているお話である。
両親の離婚・別居で母が実家からいなくなった。
もともと母っ子だった私は、途端に父と仲が悪くなり、 母が暮らすこの地に移り住んだのだ。
当時、大学4年生。課題で毎日のように徹夜の日々だったが、 家にいる犬の散歩は欠かさ無かった。
大学から帰宅すると22時。母も同様に22時頃の帰宅であり、 私と母は日々代わりばんこで犬の散歩に行っていた。
散歩ルートは家の裏にある神社の脇を通り、 ひらけたテニスコートの横・住宅街という様に景色が変わっていく。
そのテニスコートの横を通る際、毎回の様に会う‘おばさん’がいる。
全身ピンク色の服を身に纏っており、夜間の街灯の灯りでも 認識できる程の目立ちようである。
おばさん…何を見て私はおばさんと言っているのか。
私はその人物の顔をしっかり見たことは一度たりともない。 なぜならその人物はボーラーハットを目深にかぶり、ほとんど顔が見えないからだ。
しかし私がその人物を‘おばさん’と認識しているのは、すれ違うと毎回「かわいいねぇほんとにかわいいねぇ」 としわがれた高い声で少し俯いて話しかけるからである。
私はどこにでもいる犬好きのおばさんなのであろうと 少し服装を不気味に思いながらも「こんばんは」と挨拶をする。
しかしその‘おばさん’は私の挨拶など意にも介さない様子で再度、 「かわいいねぇほんとにかわいいねぇ」と話しかける。
ところで、私が飼っている犬はこれでもかという程社交的な犬であり、どんな人にも寄って行こうとする。
かつて、明らかにその筋の人たちに寄っていこうとした際に、 必死で止めたことがある。
話を戻そう。
その犬が‘おばさん’の横を通り過ぎる際には 全く見向きもしないのだ。
見向きもしないというよりは「まるでそこに何もいないかのよう」なのである。
私は不自然に思いながらもそんなこともあるのかと思い、 散歩を終えた。
‘おばさん’は毎回同じ時間にすれ違い、 毎回少し俯いて「かわいいねぇほんとにかわいいねぇ」と言う。
気になってその‘おばさん’のことを母に尋ねると、 「私はそんな人見かけたことないなあ」と言っていた。
“代わりばんこに散歩に”と言うものの、 母の方が散歩回数は少ない為、たまたま私の時だけすれ違っているのだと思った。
半年程経ち、私は大学院に進学した。
とある日、彼女が私の家に遊びに来て「ワンちゃんの散歩したい!」と言った為、17時ごろに二人と一匹で散歩に出かけた。
「まあ今日は流石にあのおばさんには会わないだろう」と思い、 いつものルートで散歩に行った。
するとテニスコートの横付近で全身ピンク色の服を身に纏った あの’おばさん’が遠目で確認できた。
“なぜこの時間でも!?”と少し焦りながらも彼女に 「あのピンク色のおばさん、少し変だから無視して歩こうね」と言った。
彼女は少し怪訝な顔をして遠くを見ながら、相槌をうった。
するとその’おばさん’は途中で引き返して行った。
“あ、なんか知らないけど良かった”と思い、 その日の散歩は特に何事もなく終わった。
散歩から帰ると彼女に 「ピンク色のおばさんって言ってたけど、私は見当たらなかったな。 咄嗟に相槌はうったけどさ」と言われた。
え、あんな派手な服を着ているのにと思いつつも その話はそこで終わってしまい、別の話題にうつっていった。
そして今日になる。
私がいつものように散歩をせがむ犬と出かけ、 いつものようにあの’おばさん’とすれ違った。 しかし今日は違った。
いつものように目深にかぶった帽子ではあるが、 口元だけは見えた。
にやっと笑ったその口は 「かわいいねぇほんとにかわいいねぇ」と私に向かって話し、 続いて 「かわいいねぇほんとにかわいいから○×△%#サイナラしたいねえ」 と言ったのだ(○×△%#は聞き取れなかった)。
“サイナラ”という言葉にとても悪寒が走り、足早に通り過ぎ、 好奇心からもう一度’おばさん’を見た。
するとおばさんはこちらに向きながら 「○×△%#だからサイナラーサイナラーサイナラー」と にやにやした口を大きく動かし叫んでいた。
2021年6月23日記載
少し文語的な言い回しで作り話のように聞こえますがこれは私が実際に’体験している’お話です。
心霊?怖い話ではないのかもしれません。
しかし、○×△%#の聞こえなかった部分、サイナラの意味。
母や彼女、犬が気づかなかった’おばさん’。 とても不吉な感じがします。
