導かれている

 これは私のいとこである、霊感持ちの女性Aさんが体験した話です。

 Aさんは以前、学業と並行して和菓子屋さんでアルバイトをしていました。
 前からやってみたいと思っていた和菓子屋さんでのアルバイトを始めたわけですが、一つ気掛かりなことがありました。
 それは、アルバイト初日に、なんとなくですがその店に表現しがたい嫌な雰囲気が漂っているのを感じたことです。
 しかし、お店は普段ひっきりなしにお客様が訪れ、一息つく間もありません。
 初日に感じた違和感はその忙しさから徐々に忘れていきました。

 ある日のことです。
 店主のおじさんから、 『Aさん、倉庫にある黄色いテープが貼ってある段ボールの中身を使いたいから一つ持ってきてもらってもいいかい』 と頼まれました。
 Aさんはすぐに承諾し、早速倉庫に向かいました。
 倉庫として使っている部屋は店の一番奥にあり、普段、和菓子作りの簡単な手伝いをするAさんが行くことはあまりありませんでした。
 倉庫に到着したAさんは、ドアをガラガラっと勢いよく開けました。
 倉庫には段ボールや備品が所狭しと並べてあり、探すのに苦労するかと思いましたが、黄色いテープという目印があったため、すぐに目的の段ボールを見つけることができました。
 それを持って出ようと思った時、何故かアルバイト初日に感じたのあの嫌な雰囲気を感じ取りました。
(きっと倉庫という狭く暗い空間に影響されてしまったんだわ) と考えて早く出ようとドアに手をかけました。
 その瞬間どこからか突然、 『振り返らないで!』 と声が聞こえました。
 Aさんはその声にビクッと身体を震わせ、硬直してしまいました。
『振り返らないで』とせっかく忠告をしてもらったにもかかわらず、そのドアがガラス製だったこともあり、後ろの『ソレ』が見えてしまいました。
『ソレ』はかろうじて人間の姿を保っているといっても過言ではありません。
 身体の関節部分はあらぬ方向に曲がっているところもあり、その身体をしきりにがたがたとゆらしていました。
 さらには、 『えへうへぇうえあああああああああ』 というおぞましい声を出してAさんの顔をじーっと見つめています。
 Aさんはあまりの恐怖に先程の忠告をすっかり忘れてしまい、反射的に振り返ってしまいました。
 そして『ソレ』と対面してしまった……と思ったのですが、振り返った時には何もいませんでした。
 後ろを振り返ったまま呆然と立ち尽くしていたAさんでしたが、つい数秒前の気持ち悪さが一気に全身を駆け巡り、段ボールを抱えて全速力で走って店主の元に戻りました。

 顔色が急変し、汗だくのAさんに店主は驚き、 『具合が悪そうだから早く帰ったほうがいい』 と声をかけてくれました。
 Aさんも『ソレ』がいた倉庫を背後にこのまま仕事を続けられないと思い、お言葉に甘えて帰宅することにしました。
 家に帰るとAさんのお母さんがAさんを一目見るなり、 『A、あなたよくないものと会ったね』 と言い、パッパッとほこりを払うように肩を触りました。
 すると、さっきまでの倦怠感がなくなり、気を張り詰めていたことでの疲れが一気に押し寄せました。 その場にへたりこんだAさんが、 『やっぱり、あの店には “ 何か ” いたんだ』 と言うと、Aさんのお母さんは
『ああ、前からなんとなく感じてたけど、Aに何も影響がないから放っておいたの。でもそれがいけなかったみたいね。さっきまでソレがAにおんぶするようにしがみついて、ずっとまってた、ずっとまってたって繰り返し呟いてたわよ。あのままあの店で働き続けてたら、じわじわとAの精神を蝕んでいくだろうね。今日は守護霊が守ろうとしてくれてたみたいだけど、相手が強すぎて守りきれなかったみたい』 と返答が。

 Aさんは数日後に店に電話をかけ、一身上の都合で店を辞めることを伝え、それ以降は、絶対店の周りにも近寄らないそうです。
 それが功を奏してか、その後はAさんの身に何も起こっていないということです。

 ここまで話を聞いて、私はAさんに言いました。
『……Aさんそれって今私が働いている和菓子屋さんのことですよね』

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