怨念のとどまる家

 知り合いの愛さんから聞いた話である。

 愛さんの住んでいる地域は、田んぼや畑が多く、各家庭の敷地も広い。
 ある朝、愛さんの家の隣家の物置小屋で、その家のおばあさんが、首吊り自殺をしているのが発見され、大騒ぎとなった。
 遺書などは発見されず、様々な噂話が持ち上がったが、 「嫁姑問題ではないか」 というのが、大半の人の意見だった。
 亡くなったおばあさんは、近所の方々に、いつも嫁の愚痴をこぼしていたそうだ。
 しかし、気の強いおばあさんだったので、自殺などするだろうかと、皆、疑問に思ったようだった。 ところが、それからすぐに、くだんの嫁は、若くして病死してしまった。
 その時も、 「おばあさんの祟りだ」 と陰で噂された。
 間違いなく病死だったので、祟りかどうかなど、本当のところは、その家族にも分からなかったらしい。ただ、女性二人が居なくなって、その家全体がすさんでいった。
 要するに、手入れや掃除をする人が居ないので、家も庭も全てが荒れていったという。

 そればかりではなかった。
 おばあさんが首吊り自殺をした物置小屋から、夜になると、縄がきしむような音が聞こえてくるのだという。
 身内とはいえ、首吊りのあった物置小屋に、家族もあまり近付きたくはなかった。
 しかし、連日連夜聞こえてくるので、仕方なく家族が、物置小屋の扉を開けると、音はピタリと止まったそうだ。
 それで、おばあさんが首を吊った場所を見上げると、処分したはずの縄がかかっていたとのこと。
(あれっ、おかしいな?) と思って、縄を取ろうと踏み台を探すが、そのうちに縄は音も無く消えてしまったという。
 その際、微かに女の笑い声を聞いたそうだ。
「フフフッ、フフフッ、フフフッ、フフフッ…」
 当然だが、その家に女性は居なかった。
 その話は、たちまち噂話として広がり、夜な夜な怖いもの見たさの見物客が集まり出した。
 そして、恐らく見物客のものであろうタバコの火の不始末で、物置小屋が、焼失してしまったそうだ。

 ここまでが、愛さんの家の隣の家の話なのだが、この火事の後から、愛さんの家で、1メートル位の蛇を、度々見かけるようになったそうだ。
 田んぼや畑の多い地域なので、蛇もいるのだが、実際に目にすることは、殆どなかった。
 むしろ、蛇の方で人間を避けて出てこないはずであった。

 ある日愛さんは、用事を頼まれて、目的地まで車を運転して出掛けた。
 到着して車から降り、荷物を下ろそうと後ろのドアを開けると、スルスルスルッと、愛さんの足元をあの蛇が降りていった。
「うわぁーっ」 と驚いて、蛇の逃げた先を目で追っていると、道路を渡って反対側の家に入っていったという。
 その家は、愛さんの知っている家だった。
 以前、隣のおばあさんが首吊り自殺して、その後すぐ病気で亡くなったお嫁さんの実家だったそうだ。
 何となくだが、あの蛇にお嫁さんの魂が宿って、ようやく実家に帰れたのではないかと思ったそうだ。
 ここまで話して、愛さんは、 「あのね、少し遡るけど、隣の家で女性二人が亡くなって、物置小屋で、縄のきしむ音がしていた時、私も見に行ったの」 と言う。
 家主の了解を貰って、夜に物置小屋に行ったら、確かに音がして、開けたら上の柱に縄のようなものがかかっていて、よく見たら、 「それ、あの蛇だったの」 とのことだった。

 その後、物置小屋が火事で焼失して、逃げ出した蛇が愛さんの家にきた。
「だから、もしかして、あのお嫁さんの魂が入った蛇は、先に死んだおばあさんの呪いで、本当にあの物置小屋に閉じ込められていたのかもしれないと思う。そして、火事で呪いがとけ、私の車に便乗して、実家に帰ることができたと思うの」 とのことだった。
 その後、隣の家は、相変わらず荒れ放題だったが、ある時から物置小屋のあった場所に、雑草に混じって、たくさんの白い百合の花が咲くようになり、近所の方々の間で、 「おばあさんはようやく成仏したみたいだ」 と言われるようになった。
 何故なら、この首吊り自殺したおばあさんの実家では、百合の花の栽培が行われていたから、とのことで、愛さんも納得したそうだ。
「ところで、物置小屋で聞こえていた笑い声は、おばあさんの声なの?それとも、お嫁さんの声だったの?」 と聞くと、愛さんは、 「それがね、家の人が聞いた限りでは、どっちでもなかったらしいの」 と言う。
「じゃあ、誰なの?」 と私が聞くと、愛さんは、少し困った顔をして、 「一番目のお嫁さん。おばあさんと凄く仲が悪くて、出て行ったらしい最初のお嫁さん」 とのこと。
「出て行ったらしい…って、どういうことなの?」 と聞くと、 「離婚届を置いて逃げた、とおばあさんが言いふらしてたから」 とのことだった。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ
朗読: 怪談朗読 耳の箸休め
朗読: 朗読やちか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる