おっちゃんの話

 これは、私が居酒屋でたまたま隣になった気のいいおっちゃん、Aから聞いた話。
 酒に酔った勢いなのか、こんな話をしてくれた。  

 おっちゃんAが小学校の頃に、Mちゃんという女の子がいた。
 その子はスクールカーストのトップで、可愛かったが、かなり気が強いことが玉に瑕だった。 で、おっちゃんAはというと、いじられキャラ。
 毎日、何かやれやれとクラスメイトから言われていたそうだ。もちろん、Mちゃんにも。
 だが、当時のAはいじられキャラという自覚がなく、ただ単に友達を笑わせることが好きで、喜んでやっていた。

 ある日の6時間目前の出来事。 次の授業は音楽だったので、移動教室をしなければならなかった。 5時間目の終了の後、M子ちゃんが急にAに話しかけてきた。
「ねぇ! 私に何か言うことない!?」
 後ろで子分の女の子達も、ぷんぷんしている。 当然、身に覚えのないことで怒鳴られたAは、 は? という言葉しか出てこない。
 ふと、後ろの方をみると、男子達数名がニヤニヤ笑ってゆびを刺してきている。
 あぁ、これはやられたな。 100%あいつらが仕組んだことだと確信したAは、 「Mちゃん後ろ!あいつらだよ!」 と言うとMが振り返り、見つかった男子達は、そそくさと教室を出て行ってしまった。
 気づくと、M子ちゃんの後ろにいたはずの子分達も、いなくなっていた。 MちゃんとA以外はみんな移動してしまったようだ。 6時間目はもう2分くらいで始まる。
「ねぇ! とりあえず移動しながら話そうよ!」
「私に何か言うことあるでしょ!」
「本当にわかんないよ! とりあえず授業遅れるし、先行くから!」 と言って立ち上がろうとした時、
「そう……私は……ただ……ごめん……」
「へ?」
 急に謝ってきたMちゃんに思わず目をやった。
 だが、それはMちゃんではなかった。

 顔がありえないくらいぐちゃぐちゃになっており、服装も血だらけでボロボロだった。
 う゛ぉぁ゛ぁ゛ぁ゛う゛ぉぁ゛ぁ゛ぁ゛と、かすかに聞こえたらしい。
 ひゃぁぁぁぁぁ!!!!!  恐怖のあまり、大声で叫んだ。 叫んで叫んで叫びまくった。
  すると、まだ近くにいたのか、ドアを開ける音と同時に、男子の声が聞こえてきた。
 ガラガラッ!
「なになに!?」
「Aじゃんか!」
「どうしたんだよいきなり!笑」
その時、 「そんなに泣かなくていいじゃん! ごめんごめん! ごめんってば……」
「おいMちゃん! あんまりいじめんなよ!笑 てか、Aも女の子に泣かされてんじゃねぇよ!笑」
 Mちゃんと思われる声と笑いながら会話する男子の声が聞こえた。
 騒ぎを聞きつけた担任の先生がやってきた。
「何やってんだお前ら!」
「おい! A! 何があったんだ!とりあえず顔をあげろ!」
 先生がいるなら、大丈夫かな? と顔を上げた。 だが、そこにはあの悍ましい顔どころか、辺りを見回しても、Mちゃんの姿はなかった。
 心配する先生をよそ目に、ぽかんとしているAを見て男子達はみんなゲラゲラ笑っていた。

 その後6時間目は行かずに、先生になぜ泣いていたかなどを色々聞かれた。 その時に洗いざらい全て話した。  

「はぁ? Mは、今日休みだぞ? 先生、朝言ったろ?」
 そんなはずはない。たしかに今日は……あれ? 朝……Mちゃんいたっけ? 確実に5時間目の終わりはいたはず。 まだ記憶に鮮明に残っている。
 だが、それ以外、Mちゃんを見た記憶が出てこなかった。
 その時Aは、記憶喪失に近い何か不思議な感覚を覚えたそうだ。

 その後、先生が親に連絡してくれて、車で家に帰った。
 親にも話したけど、「あんた頭おかしいんじゃない?」と、全く信じてもらえなかった。
 次の日Aは普通に学校に行った。 Mちゃんに会いたくないなぁなんて思いながら、恐る恐る教室のドアを開るとMちゃんはいなかった。
 それどころか、A以外誰もいなかった。 時計を見ると、7:20分。 いつもは、8時くらいに着くのだが、ビビりまくり、家を出る時間を間違えたみたいだ。
 誰もいない教室は、異様な静けさに包まれ、なんとも言えない寂しさと、不気味さが漂っていたそうだ。
 それから次々とクラスメイト達が登校してきて、みんなに昨日のことを馬鹿にされた。
 不貞腐れながらも、昨日教室にいた男子に、気になっていることを聞いた。
「ねぇ、昨日俺が泣いてた時、5時間目の後の休み時間にM子ちゃん見たよね?」
「はぁ? お前一人で泣いてたじゃんか! まず、昨日はM休みだし、何言ってんの?」
「えぇ!? 教室に入ってきた時、Mちゃんと話してたじゃん!」
「うっわ〜! それって幽霊じゃね? ってアホか!笑 お前マジで頭大丈夫? わっはっはっは!」
 自分の記憶には、確かにMちゃんの声とあの顔が鮮明に残っていたので、 思わず、笑っているクラスメイトにうるさい!と怒鳴った。
 そして間も無く、朝の会。 先生が教室に入って来た。いつも元気な先生が何故か浮かない顔をしている。
「ごめんみんな、ちょっと早いけど朝の会始めようか」
 なんかいつもと違う雰囲気に、皆素直になり、日直の号令にて朝の挨拶をした。 少しの沈黙の後、先生が口を開いた。

「昨日、Mさんが事故で亡くなったそうだ。Mさんが乗った、親御さんの運転する車が事故にあったみたいでな、親御さんは命に別状はないみたいだけど……」
 クラスメイトの啜り泣く声が聞こえる中、 Aは、頭が真っ白になり、キーーーンと今までにない強烈な耳鳴りに襲われた。
 後でわかったそうだが、Mちゃんが事故に遭った時間というのが、14:30分頃。 そう、ちょうど5時間目終わりの休憩時間と同じ時刻。
 ちょうどMちゃんを見た時間帯だったそうだ。 そしておっちゃんは、 「あの時現れたMちゃんは、まだか生きてたんじゃないのかな? とか、だから俺に助けを求めてきたんじゃないのかな? とか、 ん〜でもなんで俺に? とか色々考えたけど結局何もわからないからね……それに、あの「ごめん」って言葉がひっかかるし……なんかわかんないけど30年経った今でも、Mちゃんの墓参り行ってんだわ……」 と細々と言い、氷が溶け薄くなった焼酎をぐびっと飲み干した。

朗読: 怪談朗読 耳の箸休め

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