風呂の小窓

 俺は去年、就職を機に田舎から市街へ越してきた。一番最初に借りていたアパートの話をしよう。

 家賃6万、風呂トイレ別、1Kで、一人暮らしにはなんの不自由もなかった。
 越してきて一週間が立った日の事。 その日は休みで、朝風呂に入ることにした。
 脱衣後、風呂場の扉をガラガラっと開けた。
 すると、風呂場の小窓に何やら黒いものが、上から下にスッと通ったような気がした。
 その時は、朝起きて間もないから寝ぼけてたんだろうと思った。
 その後体を洗っている最中も、あの小窓が気になってはいたが、何か嫌な感じがしたので見ないようにしていた。
 そして、頭を洗い流したと同時に顔を上げると、小窓が視界に入ってしまった。
 窓の向こうに、丸長いシルエットの黒い何かがいた。
 呼吸が荒くなり、慌てて風呂を出た。
 あれは、見間違えではない。確実に窓の向こうにいた。

 その日、会社の同僚と出かける予定があったため、恐怖で予定より1時間早く家を出た。
 で、帰宅したのは夜21時頃。 外出していた時は、今朝のことなんかすっかり忘れいていた。
 だが、家に帰るとあの不気味な黒い影が脳裏に浮かんでしまった。
 風呂に入らないわけにはいかないので、風呂場へと向かった。
 扉を開けると、絶句した。 その風呂には、窓なんてついていなかったのだ。
 はっきりと、小窓と黒いものを見たはずの俺は、夢を見ていたような感覚に襲われた。

 俺はその2日後に、引っ越した。 色々リサーチをしたものの、そのアパートはいわくつき物件などではなく、むしろ人気の優良物件だった。
 正直夢かも知れないが、そのアパートは今でも存在している。

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