きょうじょうよりのぞむもの

 ある年の初夏、蒸し暑い夜のことだった。
 その当時フリーターでぷらぷらしていた俺は、同じく暇を持て余した悪友たちと共に、この上ない退屈に囚われていた。
 何をするでもなく時間だけがただ過ぎていき、三人から五人ほどが俺の家にたむろし、たばこを吸ったり馬鹿話をしたりと、有意義とは程遠い毎日を過ごしていた。
 俺の住んでいた家は田舎の古い家で、しかも縁側に面した涼しい一階の部屋が俺の部屋だったので、住む場所の近い者たちは連絡もせず突然遊びに来たりした。
 まだ二十代になりたての俺たちは、特にこれと言って悪さをしたりしていたわけではないが、車を飛ばして心霊スポットに行ったり、廃墟に侵入したりと、それはそれで危なげな遊びはしていたが、やれ変なものが映っただの誰それが変な体験をしたと、確証も無いのにオカルトな話を仕入れては退屈しのぎのネタにしていた。
 そんな風に夜遊びだ馬鹿騒ぎだとひとしきり騒いでいた俺たちは、地元の大人たちの間で不良グループのレッテルを張られた。俺の家なんかは、一体どこからそんな話が出てくるのか、シンナー中毒者の集まりだとか、犯罪者の匿いどころなど数々の悪名を一手に引き受けた特別酷い言われようだった。
 俺たちはそれはそれで面白がったが、本当に薬物などに手を出した奴らだとか、やくざものになっただとかの噂がある奴らとは一線を画してはいた。
 俺の所属していたグループは、地元の不良の中でも本当のワルにはなれず、かといっていい子ぶるつもりもなく、中途半端で自堕落な奴らの集まり。今思えば愚図同然のうだつの上がらない奴らの掃き溜めのような場所だった。

 その日の夜はいつもとは違い、友人のSが手に何かを下げてやってきた。見ると、様々なDVDを持ってきたらしい。
「今日はこいつで暇をつぶすとしようぜ」
 Sはそう言って不敵な笑みを浮かべていた。
 Sは仲間内でも特に言い出しっぺ気質で、怪しい場所や曰くの有りげな話を引っ張ってくるのは大体こいつだった。
 顔は俺たちの中で一番整っており、中性的な容姿だが性格は粗雑で乱暴。それでも見た目が端正というのは卑怯なもので、Sが女の子に一声かけると、素行不良な子らはSの見た目に騙されすぐついてくる。
 男ばかりのグループにうんざりしていた俺たちとしては、女の子と遊べる機会があるならと、Sがどれほど傍若無人だろうと黙っていた。
 例えばだが、40kmほど離れた地域に住んでいる、当時まだ高校生だった後輩を迎えに行く約束をしたが、その時になってSは面倒くさがり、既に最終列車の無くなった後輩を来させるために、貨物列車に飛び乗ってでも今から来い、と脅した事がある。
 後のSのヤキ入れに怯えた後輩は本気で貨物列車に飛び乗ろうとして、夜中の0時に駅まで走った、という話は仲間内でも有名な逸話だった。(その後隣で電話を聞いていた俺に諭されて後輩は事なきを得た)
 実際に殴り合いの喧嘩もとんでもなく強く、また肝も据わっており、殴り飛ばして倒れた相手の顔面に思いっきり蹴りを入れたりと、とにかく勢いのある奴だった。
 その反面、情には厚いやつで、仲間の相談を親身に受けたり、誰それが知らねぇ奴に絡まれたと聞けば、駆け付けて加勢しに来るような奴でもあった。
 そんな面白い性格の奴だったので、俺も仲間もSとよく遊んでいた。意外とSはオカルトものが好きで、同じく好きだった俺とよく馬が合った。
 そんな調子で、Sと俺、他にも数人の仲間や後輩と共に、Sが仕入れてきた心霊ビデオ鑑賞会が始まった。
 内容はどれも同じようなもので、よくあるドキュメンタリー作りのやつだった。俺は面白がって観ていたが、仲間の多くは嘘くせぇと退屈そうにしていた。
「なぁ、こういうのってホンモノあんの?」
 Sがそう誰にともなく聞いた。しかしその場の誰もが、知らね、といかにも興味無さげだったので、代わりに俺が答えた。
「聞いた話だけど、ほとんどが偽物らしいぞ。だけど、たまに本物がマジで送られてきたりするらしいぜ」
 ネットやらどこやらで聞いてきた根も葉もない噂だったが、Sはそれに目を輝かせて更に聞いてきた。
「って事は、どこかにはあるって事だろ? 意外と身近にあるかも知んねぇぞ。俺らも探してみようぜ」

 Sは行動力の権化だったので、そう言い出してから曰く有りげな映像集めに奔走した。当然のことのように俺も駆り出された。オカルトの知識があれば捜索に役立つと思ったらしい。
 当たり前だろうが、レンタル店などにそういったものは無かった。全部確認したわけではないが、本物が混じっているとすれば公の場には出ていない、個人で撮影したホームビデオなどに限るだろうと思い、条件を絞った。
 仲間内や知人を通じて、そのまた知人に頼ったりして、色んな話や映像をかき集めた。
 が、その多くはどれも携帯電話、ガラケーで録画できる数秒の映像ばかりで、本当に映っているのか疑わしいようなものばかりだった。
 そんな中、一人の女の子から声がかかった。俺たちよりいくつか年下のYという子で、父親が趣味でビデオカメラを沢山持っているので、その中に何か無いだろうか、と提案してくれたのだ。
 Yは、Sがいつも招集する女の子たちの友達で、彼女もまたオカルト好きだった。見た目は不良には見えないが、ワルに惹かれてしまう子、という印象だった。それでも美人ではあったが。
 詳しく聞くと、実家に父親が溜めた古いVHSなどが多く存在するという。それも相当な数で、自分で撮ったものだけではないそうなので、もしかすると、もしかするかもしれない。
 俺とSは早速彼女の家にお邪魔した。両親に警戒されないように、大学の映像研究サークルだと嘘をついた。
 着いてからはしばらく、Yの父親が嬉しそうに謎の専門用語を連発していたが、俺たちにとっては馬の耳に念仏なので適当にあしらっていると、ひとしきり喋り終えて満足したのか、ゆっくりしていきなさいと自由に見学を許してくれた。気に入ったものは貸し出しも許可してくれた。
「ラベルのついてない物とか、怪しくないですか?」
 Yがまばらに点在するラベルのないビデオの黒い背をいくつか指差して言った。
「俺もそう思う。あるならこの中じゃねぇかな」
 Sがそう言って、適当に一本を選んで埃を払い、いかにも古そうなビデオデッキに突っ込む。
 映像を映し出すテレビこそ液晶だが、VHSが残す映像はやはり今見ると画素数が頼りない。見づらい映像で、ところどころに横一線のノイズが走ったりする。映像の最初などは特に砂嵐に塗れており、改めて映像技術の進化に感心した。
 果たして現れたのは、何とも無い誰かの結婚式だった。Yに聞くと、多分親戚の誰かだと言う。
 そんな調子でいくつかラベル無しのテープを選んでは再生してみたが、どれもこれもどこから集めてきたのか、全く知らない他人のホームビデオだったり、どこかの合唱団の練習用の記録だったり、挙句の果てにはラベルを貼り忘れていたYの小学校時代の運動会だったりした。
 アテが外れたなとその日は落胆したが、それでもまだ調べ切れなかった何本かを各自で調査するという形になった。
 俺が請け負った中には、これといってめぼしいものは無かった。ほとんどが昔のテレビ番組など雑多なものの録画だった。人によってはレア物なのだろうが、俺にとっては倉庫の肥やしにしかならないものだった。と言っても借り物なので乱雑な扱いは避けたが。
 それから数日経つと、Yから連絡があった。
 ──当たったかも知れない。と。
 俺とSはYの家に再び赴き、その当たりの映像を早速拝見することになった。
 それは8mmと呼ばれた小さなビデオテープで、VHSがその後ビデオ市場を独占する前に流行ったらしいものだった。幸いYの家にあったビデオデッキは8mmとVHSの2つが見れるものだったので内容を窺い知ることが出来たらしい。
 これは盲点だったと思い、俺とSの心は躍った。何でもY曰く、由来も分からない映像の中に、何か変なものが映っているとの事だった。
 俺たちは生唾を飲み込み、始まった画面に釘付けになった。

 それは誰かの足元から始まった。周辺は暗くどうやら夜で、強い光源で足元が照らされているようだった。
 何かをいじっているのか、ガチャガチャとタッチノイズがしばらく続く。
「おい、早くしろよ」
 誰かの声が聞こえ、画面は前方に向き直す。そこには一昔前といった印象の強面な男性が咥えタバコで映った。
 彼だけが映像に浮かび、あとは全て真っ暗闇だった。非常に明るい照明があるのか、映っている男性は眩しそうに顔をしかめている。
「まぶし……。映ってる?」
「いや、先輩だけです」
「近付けば映るか?」
「多分ですけど……行ってみないと分からないです」
 俺たちの内心を悟ったようなやり取りが続く。
 それからしばらく無言で道を歩く男性の後ろ姿が映し出されるだけだった。時たま彼は何かをかき分ける仕草をし、カメラマンの人物が更に近づくと木の枝のようなものが一瞬見て取れる。どうやら林か森か、自然の多い場所を歩いているようだった。足音も枝を踏む音などが多い。
 Yはそこで早送りをした。どうやらここの辺りは何もないらしい。映像も音も早回しになる。
「このへんからです」
 Yが早送りを止め、身を後ろに引いた。あまり近くで見たくないという様子だった。
 映像は先ほどと打って変わって、どこかの建物の中に変わっていた。
 壁はボロボロで所々崩れ、扉があるはずの場所には何も残っていない。床には色々なものが乱雑に置かれ、ひと目で廃墟だと分かった。しかも天井はいくつか崩落しており、かなり危なそうな場所だ。
「廃墟で幽霊を映そうってか?」
 Sが微笑しながらYを見るが、Yは神妙な顔で黙っていた。映像は続く。
「この部屋じゃないですか?」
 映像のカメラマンが喋り、Sはそれに反応して画面に向き直る。
 画面には、ボロボロに剥がれたタイルで出来ていたと思しき、風化した壁を映していた。朽ちていて分かりづらいが、風呂場やトイレのような水場の印象を受けた。
「ここ。この場面です」
 Yがそう言って指差した。俺たちは瞬きするのを忘れて見入った。
 しばしその部屋をゆっくりと舐めるように撮影した後、向こうに広がった朽ちた壁を中心にした時、唐突に映像にノイズが走る。
 それまでは確かにいくつかノイズはあったが、これだけ大きなノイズが出たのは初めてだったので少し面食らった。
 そこからの映像はとても見辛く、画面にノイズばかりが走っていた。
 見づらい場面が終わると突如映像は途切れ、カメラは地面に置かれたような映像に切り替わった。
 人影は見えないが、声だけは聞こえる。
「もういやです。帰りたいです」
「お前さぁ、ここまで来たんだから、もうちょっと我慢しろや」
「帰りましょう。帰らないといけないんです」
 そんな問答を二人の人物が続け、最後は誰かがカメラを持ち上げ、映像は終了していた。
「……これだけ?」
 Sは思わずそう口走った。俺もそう思った。
 確かにどこか不気味で終わり方も気にはなるが、当たりだとは思わない。どこかのテレビ局の単なる取材映像か、廃墟好きの趣味ビデオだろう。だがYの怯え方はそれにしては異常だった。
 映像が終わってYを振り向いた時も、目を固く瞑っていた。
 Sは映像を巻き戻して、もう一度最初からにしていた。二度目も同じ、映像の乱れが少し酷く、ノイズが多い印象があるが、それだけだ。
 最後のくだりをもう一度観て、Sはまた巻き戻す。三度目も何も見えなかった。
 しかし何回も見ていくと、何故だか分からないが背筋に薄ら寒いものが走るのを感じた。目に見えない何かの存在を感じるような錯覚を覚える。が、思い返せばそれは錯覚ではなかった。
「えっと、あのトイレみたいな部屋の映像のとこです。一時停止してみてください。あたしはもうこれ以上は無理です」
 しばらく繰り返し異常な箇所を探した後、突然そう言ってYは部屋から飛び出していった。
 残された俺とSはその様子に少し気後れしたが、それでも当たりを見たいという好奇心には勝てなかった。
 Yに言われたその場面までテープを巻き戻し、問題の場面に戻ってきた。
 先程と同じく、ノイズの多い映像に目を痛めそうだと思っていると、Sが突然映像を止めた。
「あ、多分今のだ。見えたか?」
 俺は見逃していたので首を振ると、Sはもう一度映像を巻き戻す。
 ノイズの一気に増えた部分、その見辛い部分でSが画面を止めた時、俺は思わず声を上げて後ずさった。
 それはノイズのように見えた、ノイズで出来た人の顔のようなものだった。
 他の普通のノイズに混じって現れたそのノイズは波打って曲線を成し、映像のジャギーと相まって、その濃淡の具合が正に人の顔を形どっていた。顔の陰影が分かるほどはっきりと認識できる。
「顔、だよな」
 Sが言った。俺にもそうとしか見えなかった。
 シミュラクラ現象など、人の顔と錯覚する理屈は知っていたが、これはそんなレベルではない。
 紛れもなく人の顔だ。それも、ひとしきり苦しんでから、死ぬ間際におぞましい悲鳴を上げて絶命する瞬間の女の顔だと一発で分かった。
 俺はSと映像を交互に見やり、こくこくと頷くしか出来なかった。Sも額に脂汗を浮かべている。
 Sは一時停止を止め、再び再生し、すぐにもう一度停止した。今度現れたのは文字列だった。
 先程の顔とは違うノイズの形で、浮かび上がるようにして背景の映像の上に重なり、斜めにぐちゃぐちゃと歪んでいたが、ひらがなで書かれたそれは安易に読み取れた。
「み たもの はし ね」
 読み取って理解したら、もう見ていられなかった。俺は乱暴に取り出しボタンを叩いた。Sも何も言わなかった。
 廊下で待っていたYに「見ました?」と聞かれ、頷いた。Yもまた何も言わなかった。
 その後Yの父親に映像を見せても、全く心当たりが無いらしかった。
 気味が悪いから持ってってくれると助かる、とまで言われ、Sがそれを受け取っていた。俺はとてもじゃないが家に持って帰る気になれず、Sが受け取ってくれて良かったとさえ思った。

 その数日後、Sから電話があり出てみると、Yが変だと狼狽していた。
 俺の知らない所でなにやら密接な関係を築き始めていたらしい事は意外だったが、それにしたってSの様子は尋常ではなかった。
 迎えに来てくれたSの車内で詳しく話を聞いてみると、Sはあの後持ち帰った8mmをどうにかしてレンタルしたビデオデッキでもう一度見てみたらしい。
 ところがそのテープには例の場面は無く、綺麗サッパリ抜け落ちていたという。誰かがカットをしたとか、テープが途中で途切れたように、あのタイルの壁の部屋のシーン以降が存在しなかった。
 VHSへのダビング機能があったデッキだったので、ダビングした後VHSの方で見てみても存在しなかったのだという。後で仲間たちにも見せようと思っていたSは残念がり、気の所為だったのかとYの家に8mmを返しに行った。
 それがついさっきの出来事だったのだが、Yは俺たちが映像を見た部屋で、何も映っていないテレビ画面を見て独り言を喋っていたらしい。
 事情を聞いているうちにYの家に着いたが、彼女はやはりSが言う通りの様子だった。
 話しかけても全く返事をせず、体育座りの格好で暗いテレビを見つめながら何事かをずっと呟いている。近くで聞き取ろうとしてみると、Yはいくつかの言葉を繰り返しているようだった。

「きょうじょう」
「より」
「のぞむもの」

 聞き取れたのはその一節くらいで、あとはボソボソと何を喋っているのかよく分からなかった。
 俺にもSにも何のことやらさっぱりだが、何か得体の知れない気味悪さがあった。
 家族から、こんな調子だからそっとしておいて欲しいと言われ、俺達は帰らざるを得なかった。

 帰り道、Sは言った。
「映像の場所、そこに関係あるんじゃねぇか」
 俺は気の所為だろと一蹴するが、Sは大真面目に言っていた。
「何となく場所は分かる。前に聞いたことのある廃墟の場所だと思う。中の様子も、あの部屋も、前にどこかで見た写真と似てる」
 俺にはもうSが何を言い出すのか分かっていた。
「そこに行けば、何か分かるんじゃねぇかと思う。なぁ、一緒に来てくれよ」
 こいつはこういう奴だった。誰か身近な人のためなら何でもする奴。
 だが、残念ながら俺にその勇気はなかった。第一、本当にそんな場所に行った所で何が解決するものかと疑問だったし、Sに振り回されて俺まで何かあったら嫌だ、というのが本音だった。
「いや、俺はちょっと」
「……そうか、悪ぃな無理言って」
 てっきりキレられると思ったのだが、Sはすんなりそう言った。どこかで無謀だと自分でも分かっているのかも知れなかった。
 俺は断ってから自分の情けなさに居た堪れなくなり、そのまま自分の家まで送ってもらい、走り去るSをただ見送った。

 その後、俺はある現象に悩まされるようになった。
 テレビや携帯画面に、例の顔と文字列が浮かぶような幻覚に襲われたのだ。
 いや、幻覚なのか本当に映っていたのかは定かではない。だが、一緒にテレビを見る仲間などが何も反応していないので、見えてるのは俺だけだという事は分かっていた。
 それは一瞬、コンマ何秒かだけ映り、次の瞬間にはもう無い。だが、脳裏には顔と文字が焼き付いて離れない。しかもそれを目にする度、強烈な倦怠感と深い絶望、焦燥感や虚無のような感情に襲われた。
 そして、Yの言っていた言葉が頭の中で反響する。
 ──きょうじょう、より、のぞむもの。
 たまに濁って違う言葉も聞こえてきたが、何と言っているのかは分からなかった。唯一、「わたす」という一言だけは理解できたが、それが意味するところは理解できなかった。
 それはとても強烈な嫌悪感を伴う、抗い難いものだった。いっその事死ねば全て終わる、という感情さえ抱かせた。
 何回もそれを目にする度、映る瞬間が少しずつ長くなっているのに気付いた。いずれきっと、目に入る映像は全てその顔と文字になってしまうのではないかとさえ思った。
 俺がそんな様子なので、気を遣った仲間たちは次第に訪れなくなり、一人の時間が多くなった。

 そんなある日に、ぱったりと見なくなった。そしてなぜかと考えているうちに、久しぶりにSから連絡があった。
 俺は思わぬ連絡に安堵し、すぐ家に呼んだ。どこかでSとはもう会えないのではないかと疑っていたからだ。Sは何も言わず了承し、しばらく後に現れた。
 Sも俺と同じような様子で、どこか憔悴しきったような顔だった。
 そしてあれからどうだったなどと近況を話そうとしない。何か変だった。
「S、お前、例の場所行ったのか……?」
 俺が耐えかねてそう切り出すと、Sはただ、行った。とだけ答えた。そして目を伏せ、それ以上何も語らなかった。
 何も聞けぬままSはすぐに帰ってしまい、それから数日経ってから、Yが死んだと友達伝いに聞いた。
 最初聞いた時はショックだったが、それ以上に恐怖だった。何故かあの映像が関係しているとしか思えなかったからだ。
 根拠はないが、そう強く思った。そしてSも同じだったのか、訃報を聞いて当然といった態度だった。
 死因は詳しく教えてもらえず、葬式も家族葬だけでやるというので、俺達は立ち会えなかった。どこかで、多分Yは自殺したのだと悟った。

 それからその事件は時が経つに連れて風化していき、俺の家も俺が正社員として会社に就職し、忙しくなったからという理由で人も集まらなくなり、段々と悪友の集まりは無くなっていった。
 そしてあの、液晶を視る度にあの映像が浮かぶ現象もピッタリと止んだ。
 Sとは最近でも会うことがあるが、あの時の話は出来ないでいる。
 なんだかあれ以来、Sの傍若無人ぶりはどこへやら行ってしまったようで、人が変わったように大人しい性格へと変わり、彼もまたどこかへ就職すると、会う機会は目に見えて減っていった。
 あの時何があったのか、Sは本当に例の場所へ行ったのか、それが何処だったのか、Yは何故死んだのか、この一連の現象は果たして何だったのか。
 全ては真相が分からないままになってしまった。
 ただ一つ分かっていることは、あの8mmテープはまだ存在していると言うことだ。

 あの事件からしばらく経ってから、以前よりは本調子を取り戻したSの家に遊びに行った時、彼がトイレに立ったのを見計らい、彼の携帯を隠してやろうと仲の良い友達同士でふざけていた時。
 俺が開けた引き出しの奥深く、あの時のものと思しき8mmともう一つVHSが隠すように入れられていたのを見たのだ。
 俺は反射的に引き出しを閉め、携帯を他の友人に投げ渡した。戻って来て携帯を探すSは笑って探していたが、俺の横の引き出しに目をやる時、その眼差しは据わっていた。
 俺はその様子に尋常でない寒気を覚え、それからSに会うのは気まずくなってしまった。

 Sはまだ、あれを持っているのだろうか。持っているのだとしたら、忌わしき筈のそれを何故人目を憚るように隠しているのか──。
 俺にはとてもじゃないが、もう何もかもを聞くことは出来なかった。

朗読: うしみつ部屋

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