伝播

 これは私が小学生の頃の話です。

 私の家族は親戚間の繋がりが強く、定期的に母の兄弟の家に泊まりに行ってました。
 目立った建物の少ない、言い方を悪くしたらちょっと田舎っぽいところに従兄弟の家はあります。
 街の中心地に行けば建物も多いのですが、従兄弟の住んでいる地域は家が多い住宅地になっています。と言っても、大きな都市に比べればとても小さな規模の住宅街です。
 近隣の住民とも仲が良く、私も従兄弟の友達と遊ばせてもらっていました。
 鬼ごっこやかくれんぼなど、夕方にはいつも泥だらけになって家に帰ってきます。

 ある日、従兄弟と友人のAちゃん遊んでいると、Aちゃんがここの住宅街の奇妙な噂を話し始めました。
「そこの赤い屋根の家があるでしょう。今は誰も住んでいないらしいのだけれど、6時過ぎに郵便受けを覗くと階段にお婆さんが座っていて、こっちにおいでって手招きしてるんだって。そのお婆さんに話しかけられちゃうと家に閉じ込められちゃうんだって」と。
 なんでもここの家ずっと昔からあるらしく、いつも真っ暗。
 誰も住んでいないはずなのにいつまでもここにあるため魔女が住んでいるなんて言われているそうです。
 度胸試しでインターホンを鳴らしたり、誰も住んでないからと壁に落書きがされていたりもう荒れ放題なんだとか。
 当時の私はとても怖がりで絶対にその家には近づきたくないと考えていましたが、従兄弟が「面白そうだから今度行ってみよう」と言いだしました。
「怖かったら来なくても大丈夫だよ」と少し煽り口調で私に話す従兄弟。
 私は「怖くねーし! 一緒に観に行こう」と強がった様子で返事をし、その赤い屋根の家に行くことに決めました。

 時刻は夕方の6時過ぎ、あたりは夕暮れで、燃えているように真っ赤な夕日が沈みかかってます。
 雰囲気はバッチリの状態で私とAちゃん、従兄弟の3人で家の前に集まりました。
 いざ家の前に来てみると、家の塗装は所々剥がれて下地が剥き出しになっていたり、窓もいくつか割れています。
 そして背の高い草木が伸び放題の為、雰囲気が禍々しくまさしく魔女が住んでいるような見た目でした。敷地を跨ぐだけでも勇気がいります。
 茶色の薄っぺらい玄関扉の前に行くのに躊躇しているとAちゃんが最初に足を踏み入れました。
 女の子が最初に勇気を出して進んだのに男2人がモジモジしているわけにもいかず、私達も敷地に足を踏み入れました。
 扉の前まで足を運ぶと目の前には郵便受けが。しばらくの沈黙の後、従兄弟が「俺が最初に覗く」と言い出しました。
 次に自分、最後にAちゃんが覗くと言う順番に決定しました。
 従兄弟は屈み息を整え、そっと郵便受けを開けました。
 私は「どうだ。何か見えたか」と尋ねると従兄弟は「いや、それが何も。というか真っ暗で何も見えないんだ」と覗きながら言います。
「じゃあ、次俺が見るわ」と郵便受けの前で屈みます。
 何も見えないなら怖いものはないという気持ちから、時間をかけずにサッと郵便受けを開けました。
 中を見ると、薄ら玄関の構造が分かるくらいの明るさしかない為、真っ暗と言ってもいい程度の明るさしかありません。
 私は何か見えたらどうしようという気持ちから、安堵した様子で一度大きく息を吸い込み、もう一度中を凝視しました。
 すると、上の方からギシッ、ギシッという音と共に誰かが歩くような音が聞こえました。
 これは階段を降りてくる音……。私は驚き尻餅をついてしまいました。
  2人が駆け寄ってきて「どうした。何があったんだ」と聞いてくると「誰かが階段を降りてくる音が聞こえた」と応えます。
 私は今ならまだ何事もなく帰れる。帰ろうと提案しましたがAちゃんが「今帰ったら後悔する。何かあるわけでもないんだし私見たい」と言い出します。
 気が強いAちゃんは一度言い出したらなかなか引き下がりません。
 従兄弟は「どうなっても知らないぞ!」と言いますが、「大丈夫だって」と食い下がり郵便受けの前に行きます。
 Aちゃんは覚悟した様子で郵便受けを一気に開けました。
 私達は「どうだ」とAちゃんに話しかけます。
すると「いや、誰もいな……」と言いかけた時、Aちゃんは口を閉ざしました。
「どうした。大丈夫か」と話しかけますが応答がありません。
 よく見てみるとAちゃんは小刻みに震えています。そして、郵便受けの前で泡を吹いて倒れてしまいました。
 私達はどうしたらいいかわからず、Aちゃんを引きずりながら家を後にしました。
 急いでAちゃんの家に向かい、Aちゃんの親に何があったかを説明し、しばらくした後に救急車が到着。そのままAちゃんは病院へ搬送されました。
 私達は救急車を待っている間に、従兄弟の家が近所ということもありすぐに迎えにきました。
 従兄弟の母の顔を見た瞬間私と従兄弟は涙が溢れ出てきて抱きつきました。

 後日、1週間ほど経ちAちゃんが退院したが学校にはまだいけないとのことでお見舞いに行きました。
 家に着くとお母さんが「あら、いらっしゃい」と出迎えます。
 顔は少しやつれた様子で目も少しくすんでいました。
「お見舞いに来ました。あの日はごめんなさい」と謝罪をすると無表情で「大丈夫よ。引き止めてくれたのにあの子が無理を言うから」と。
 表情の変化がない為何処か気味悪さを感じましたが、私達を責める様子は無く「でもね」と話を続けます。
「A。具合が悪いから学校に行けないみたいなの。病院も違う所に行かなきゃいけなくなっちゃってね」と言います。
 Aちゃんのお母さんが部屋まで案内をして、扉の前で「A。みんなお見舞いに来てくれたわよ」と言うとしばらくの沈黙の後、そっと扉が開き「入って」と一言。
 お母さんは何かお菓子でも買ってくると言って家を出て行きました。
 私達は部屋の暗さに驚き思わず息をのみました。
 カーテンを閉め切り、一切の光が侵入できなくなっているその部屋は、いやでもあの家の事を脳裏によぎらせます。
 そして毛布にくるまり、ベッドの隅で1人縮こまっているAちゃんがそこにはいました。
「ど、どうしたんだよこの部屋」と従兄弟が話しかけます。
 Aちゃんは私達とは目も合わせず小さな声で話し始めます。 「明るいと嫌がるから」と。
 私はAちゃんの言葉に疑問を感じつつ、場の雰囲気にのまてしまっている為、尋ねることができずにいると再び話し始めます。
「あの日ね。見えちゃったんだ。おばあさん。手招きしてこっちこっちって。私怖くなって後ろに振り返ろうとしたの。そしたら郵便受けから手が出てきてね。手で私の口を塞いで小さな声で「お前に決めた」って」
 私達は背筋に冷たいものが走り、黙り込んでしまいました。
 そしてAちゃんは腕をゆっくり前に出し部屋の隅、私達の後ろを指刺しこう言いました。
「今はね、あの家にいない。そこにいるよ」と。
 私は頭の中でブツっと何かが切れた音と同時に部屋を飛び出し、従兄弟も私の後に続いて急いで部屋から出ると扉を閉めました。
 Aは小さな声で誰かと話をしているようでしたが、聞く間もなく家を飛び出しました。
 途中Aちゃんのお母さんとすれ違いましたが、どこか虚ろげな目で私達を見つめて立っていました。
 買い物に出かけたはずなのに手には何も持たず、見えなくなるまで私達のことをただただ見ていました。

 それ以来Aちゃんは学校に姿も見せず、後に転校して元気にしているらしいです。
 らしい、というのは転校先の学校は明かされておらず、またあれ以来誰もAちゃんに会っていない為分からない。
 ですがお母さんは時々見かけるらしく、声をかけると「Aは元気ですよ。今は別のお友達といるから。ずっと。ずっと」と応えたらしいそうで。
 今まで仲良くしていた人達も気味悪がり誰も近づかなくなってしまい、その言葉しか信じるものがない為だからだそうです。

 あれから10数年。今でも従兄弟とは会いますが、当時の話を今でもします。
 赤い屋根の家は今では更地になっているそうですが、Aちゃんの家は今もそこにあるそうです。
 夜になっても明かりがつかず真っ暗のまま、まるであの赤い屋根の家のように。

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