視えてしまうようになった弟

 私が以前投稿した「佇む」という旅館の話の後に起こった話をしようと思う。
 これは、弟についての話。

 旅館から帰ってから、弟はこの世のものではないものが視えるようになってしまった。
 弟いわく、よく考えたら昔から不思議な体験はしていて、旅館での出来事がそれを気付かせたような感じ……らしい。
 ようするに、気が付かなかっただけで以前から霊は視えていたんじゃないか……ということだ。
 それらを注視するようになったから、「視える」という認識になっただけで。

 私と弟は歳で言うと10離れている。
 共働きで忙しかった両親に代わり、保育園の送り迎えや食事、寝かしつけ、おむつ替えなどなどをやってきた私にとって、弟でありながら、息子のような感覚さえあった。
 弟もそれは同じだったようで、22になった今でも大変なお姉ちゃん子である。
 さて、話は戻るが、これは旅館から戻って数ヶ月後のこと。
 私たちは弟の夏休みに合わせて、田舎の祖父の家に遊びにきていた。
 祖父の家は街からはそこそこ離れていて、一番近くのローカルスーパーでさえ、徒歩30分とかかる場所にあった。
 田舎あるあるだと思うんだけど、都会から帰省した親戚がいると、親戚中が集まって宴会を開く。
 我が家も御多分に洩れず、その日は親戚一堂に会して、おじいちゃんの家で飲めや歌えやの大宴会になった。
 21時頃にもなると宴もたけなわで、説教臭くなる祖父、酔い潰れる叔父、それを介抱する叔母、下戸なので1人だけシラフでオロオロする父、歌いすぎて喉が潰れた従姉妹、絡み酒をしてくる従兄弟……と、会場は混沌としていた。
 ほろ酔いの私は無性にアイスが食べたくなり、その場から少し離れたいという気持ちもあったので、スーパーに行ってくる……と両親に告げると、それを聞きつけた弟が「俺も行く」と言って付いてくることになった。
 弟も、年下の従兄弟たちの世話をするのに嫌気が差していたらしく、一緒に外に出るとホッとした様子だった。
「スーパー遠い」
「姉ちゃんが酒飲んでなきゃ車で行けた」
「彼氏くん元気?」
「元気だよ。プロポーズされた!」
「マジ!?」
「まだパパには言うなよ!」
「学校楽しい?」
「まあまあ。姉ちゃんは仕事楽しい?」
「なわけないじゃん(笑)」
「がんばれよ(笑)」
「アイス何食べよっか」
「俺パピコ」
「子供じゃん」
「姉ちゃんは?」
「ガリガリ君」
「ガキじゃん」
 などなど、ダラダラと2人でおしゃべりしながら歩いた。
 この地方は、夏といえども夜になると涼しくなる。
 頬を撫でる爽やかな風をうけて、私の酔いも徐々に冷めていく。 そろそろスーパーが見えてくるぞ、というところで、喋りっぱなしだった弟がピタリと静かになった。
 小学生に上がってからというもの、手を繋ぐのを頑なに拒否られ続けてきた。
 だがその時、そんな弟が唐突に私の手をぎゅっと握ってきたので驚いた。
「え? なに、どした?」
 驚いて弟を見ようとすると 「ダメ! こっち見ないで!」 と震えた声で叫ぶ。
 私は驚きながらも、弟の切羽詰まった声の通りに、まっすぐ向き直した。
「K(弟)……どうしたの?」
私の問いに、震えた声のまま応える。
「今はだめ、言えない……」
「姉ちゃん、絶対振り向かないで……。こっち見ようとするのもダメ……」
 握った手がじっとりとして、手に汗をかいているのがわかった。
 弟の体は小刻みに震えている。 怖かったが、私よりも弟のほうが余程怖いのだということが伝わり、私は黙って弟の手をひき、スーパーへと向かった。
 その間も、「ひっ」とか「ぅっうぅ……」と、嗚咽を漏らす弟。
 一刻も早く、スーパーに行って弟を助けなきゃいけないと思った。
 たかだか数十メートルの道のりが数キロに感じる。
 ようやく駐車場の街灯の下に来て、そのまま店内に入った。
「……もう、そっち向いてもいい?」 と聞くと、少しの間があり、小さい声で「うん……」と答えが返ってきた。
 すぐに弟の方を向くと、弟の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
 人目も憚らず、「怖かったね」と弟を抱きとめると、弟はそのまましゃくりあげながらひとしきり泣いた。
 途中、心配した店員さんがティッシュを持って来てくれて事情を聞かれたが、なんと答えて良いかわからず、「ちょっとそこで転んでしまって……」と誤魔化すと、イートインコーナー使ってくださいと言われ、ドリンクをサービスしていただいた。
 しばらくそこで弟が落ち着くのを待って、何があったか聞いてみることに。
 弟はまだ少ししゃくりあげていたが、ぽつりぽつりと話してくれた。

 スーパーが見えたなと思った時、私に声をかけようとして私の方を見ると、私と弟の間、私の肩に乗るような形で、人がいたという。
 真っ白い顔に、目と鼻がなく、それらがあるべきところにポッカリと大きな穴が一つ空いていて、真っ赤な唇がにんまりと笑っていた。
 目がないにもかかわらず、「目が合った」と感じた。
 それは弟から目を離すと、私の顔を撫で、凝視していたらしい。 まるで気付いてほしそうに。
 それは、ずっと何かをぶつぶつと呟いている。 耳が慣れてくると、何を言ってるのかわかった。
「見て」 と繰り返していたのだ。
 私が弟の方を向いたり振り返ったりしたら、私がそれに気付いてしまう……と感じ、こちらを向かないで……と言った。……と。
 私は、ゾワッと寒くなり、「今は……!? 今もいる!?」と、少し取り乱してしまった。
 弟は、「今はいない……。駐車場に来た時、「ッチ!」って聞こえて、電気の灯りに溶けてった……」
「怖がらせてごめんなさい……」とまた少し泣く弟。
 一番怖かったのは弟なのに、取り乱してしまったことが情けなくて、「大丈夫、姉ちゃんこそ大きい声出してごめん……」と頭を撫でると、落ち着きを取り戻してくれた。

 そのあとは、もうその道を通って帰る気になれず、父に電話をして車で迎えに来てもらった。
 1人シラフのまま酔っ払いの相手をするのにうんざりしていた父は、意気揚々と迎えに来てくれたが、顔面蒼白な子供たちの様子に面食らったようだった。
 父にアイスを買ってもらい、ドライブがてら別の道を遠回りをして帰った。
 翌日、真昼間に恐る恐るその道を母と通ってみたら、田んぼのど真ん中に墓場があった。
 母もそこには覚えがあったらしく、昔原付で墓場の前の下り坂を通り、ブレーキが効かなくなって事故った友人がいた……と話してくれた。
 よく見ると墓場は荒れ放題で、母曰く「ずっと放置されてて、悪い霊になっちゃったのかもね……」とのことだった。
 弟はそれ以降も心霊体験をたくさん経験してしまい、子供の頃は酷く怖がりだったが、今では「ちょっとした奴なら払える」と豪語するまでには成長した。
 そんな弟の心霊体験は興味深いものが多いので、また投稿しようと思う。

朗読: 朗読やちか

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