幽霊哀歌~青春篇~

 これは、私が、学生時代に経験したことです。

 当時の私は、大学のオタクサークルに入り、同病相憐れむな仲間達と非生産的な毎日を送っておりました。
 その中でも、夏の暑い時期になると、怪談やホラー映画好きの奴らと集まって、行う会合がありました。
 その中でも、活動的な方だった私、自称霊が見える人、(仮に、枝井(えい)としておきます)、そして、自称霊とコンタクトのとれる男、(仮に尾居(びい)としておきます)と共に、あっちの廃墟に霊が出たと聞けば、夜になってから突撃し、あっちの公衆電話に怪しい人影がと言われれば、実際に行って写真を撮り、廃病院に出ると聞けば、いって寝転がり、愛をささやくといった、猛者な行動をしておりました。 あ、ちなみに、私は、感じる程度の霊感しかありません。
 そんな春先の話ですが、尾居の奴が引っ越しをしました。
 元々、親との折り合いがあまりよくない奴だったので、バイト代も溜まり、学生割引をしてる安アパートに半ば、追い出されるかのように引っ越しをさせられたといっていました。
 まぁ、少なくとも学費と生活費は出してもらえるといっていたので、そこまで深刻には考えていませんでしたが、問題は引っ越し先の部屋でした。
 というのも、引っ越し先の部屋が、自殺した女性がいるという噂話のある、俗にいう訳アリ物件だった、という事です。
 尾居の実家からほど近く、学校も近く、そして家賃も安いという事が重なって其処になったのですが、その時の枝井と尾居は一人暮らしデビューの不安よりも、霊障とか、お払いとか、そっち系の話ばかりをしていたと思います。
  で、引っ越し手伝いをしに行ったわけですが、その部屋に入ると、私の背筋が時折ぞわっとなったり、背中の毛が逆立つ感覚に襲われていました。
 確かに、何かがいるのは間違いないみたいです。
 枝井も、「うぁ、いるな、こりゃ」とつぶやいたり、尾居も、「何度か見に来たが……。マジでいる物件に住まわされるとはなぁ……」と愚痴ってました。
 大家さん曰く、2年前に若い女性がここで首を吊って死んだそうです。
 理由までは聞きませんでしたが、何でも、男にフラれてとか。まぁ、よくあっちゃいけない事ではありますが、自殺理由としてはよくある事ではありました。
 どうも、引き取り先がなく、無縁仏として病院で荼毘に付されたようですが……。当時は、警察やらなんやらが来て大変だったそうです。

 と言うわけで引っ越しも終わり、後は細かい荷ほどきをする段階までして、私と枝井は、尾居を見捨てました。
 夜遅かったというのは建前で、確実に霊がいると解る所にいたくないというのが本音でした。
 尾居が「呪い殺されたら、お前らの所に祟ってやるからな!」と、言っていたのが、妙に怖かったです。
 そして、しばらくたつと、尾居に変化が起きてきました。
 いや、性格が変わったとか、激やせしたとかではなく、雰囲気というか、こう、会うたびに、私の背中のぞわぞわ感が強くなってきてるのが解りました。
 尾居に「お前、大丈夫か?」と聞いても、「フフ、良いだろう?」と謎の返答が返ってくるだけでした。
 そして、枝井に相談したところ、「あぁ、あれなぁ……」と、非常に歯切れの悪い回答をして、苦笑いというか、本気で困惑している顔をしていました。
 そして改めて、引っ越し祝いという事で尾居の部屋で飲むこととなり、私たち三人は学校で落ち合い、近所の酒屋でツマミと安酒を買い、当たり障りのない雑談をしながら、移動していました。
 その間も、私の背筋がぞわぞわしていましたし、枝井も尾居を見る目がかなりちょっと変でした。
 そして、件の部屋につくと、以前よりも確実にそれらを感じ取れる様になり、思わず、私は「尾居、お前これ、大丈夫なのか?」と我慢できずに聞いてしまいました。
 そんな私を無視して、尾居は「まぁ、とりあえずは入れや」と言い、訳を知っている枝井も「とりあえず入ろう。言いたい事は解るから」と、入っていきました。
 中は、まぁ、男の一人暮らしなら、こんなもんかと思う程度に片付いており、微妙に狭い空間に置かれたちゃぶ台に酒を置き、とりあえず、飲み始めました。
 そして、尾居は奇妙な行動をとる様になりました。
「ただいまー」と言っているのはまぁいいのですが、どうにも、もう一人いる様な仕草をしているのです。
 私が軽いパニックを起こしていると、訳知りの枝井が、「とりあえず、座って、飲め。話はそこからだ」と非常にやるせない顔をしていました。
 そして飲み始め、尾居をチラ見する枝井。奇妙な行動をとり続ける尾居。何が起こってるのか解らない私がそこにいました。
 そして、それらが解決する言葉が、尾居から飛び出しました。
「俺、付き合ってるんだ、霊と」
「……え?」と、こんな発言をしたと思います。
「もう一度、言ってくれ」と促しましたが、返ってきたのは同じ答え。
「いやさ、霊と付き合ってるんだよ、俺。いやさ、最初は怖かったけど、話してみるといい子でさ。もうね、幸せ絶頂よ。はっはっは」と、酔いが進んだのか、笑いだす尾居。
 私は困ってしまい、枝井に助けを求めると、「俺にどうしろと?」と、至極真っ当な回答が返ってきました。
 どうやら、彼には二人の痴態が見えるらしく、霊といちゃつく痛い男の姿を見続けるというある種の拷問をずっと見続けていたようです。
「いやぁ、この子、どうも悪い男に引っかかって、搾り取るだけ搾られたら捨てられて、首を吊ったらしいんだよ。でも一度でいいから、普通の人と付き合いたかったんだってさ。いや、俺もう、超ラッキーじゃね?」と上機嫌に話す尾居。
 そして、いまだに恋人0な私たち二人にどういう回答を求めているのか、まったくわかりませんでした。
 俗にいう付き合い立てハイって奴だったんだろうと思います。
 そんな、ラブラブな痴態を魅せつけられている枝井の微妙な反応に得心がいった私は、やってられっかという心境になり、飲むペースを上げてました。

 酔いつぶれて次の日、二日酔いで痛む頭と、ムカつく胃を抑えつつ(とはいえ、限界を迎えてアパート隣の空き地で粗相をしましたが)、枝井と二人で、「あれって、付き合ってるっていうのか?憑りつかれてるの間違いじゃないのか?」とか「本人達が幸せなら、どっちでもいいだろ。あのバカップル共め」等々、散々な悪態をついてそれぞれの家に帰っていきました。
 その後も、しばらくしたら、例の幽霊彼女を連れて、学校に来たり(枝井の「地縛霊だろ、そいつ!」というツッコミに「愛は偉大さ」という訳の解らない言葉で反論していた尾居は今でも鮮明に思い出せます)、心霊スポットめぐりで幽霊彼女がパニックを起こして、大変だったり(私は見えないんですが、泣きだした彼女をなだめるのに苦労してたようです)、逆に神社仏閣に入ると、彼女が嫌がるという理由で、初もうでや、そういった処に行けなくなったりとトラブルはありましたが、大きな問題は起きなかったので、慣れていきました。
 そんなある日、尾居がふっつりと学校に来なくなりました。
 まぁ、学生のサボり事態は珍しくなかったので、その時は「サボりかぁ。彼女とよろしくやってんだろうね」程度にしか思いませんでしたが、それが1週間も続くとなると話は別です。
 枝井と「あいつ、どうしたんだろう?」と心配になり、様子を見に行くことになりました。
 枝井の「霊は時として、一気に豹変するからな。憑り殺されてなきゃいいんだが」という不吉な言葉が決定打でした。
 しばらく尾居宅には行っていなかったのですが、隣の空き地に、業者が入っている様で、どうも家が建つみたいでした。
 そして、尾居の部屋に行く途中で、枝井が「ん? なんか、変じゃないか?」と言い始めました。
 私はその違和感に全く気がつきませんでしたが、枝井は「絶対におかしい!何も感じないぞ」と言い出しました。
 私も慣れっこになっていたので、言われるまで気がつきませんでしたが、背中のぞわぞわ感が全くありませんでした。
 そんなことを話しつつ、尾居の部屋に付き、呼び鈴を鳴らす。しばらくすると、これまた、酷い顔をした尾居が出てきました。
 開口一番、どうしたのか理由を聞くと「彼女、成仏した……」 と、か細い声で言い、泣きだしました。
 どうにも、ろくに食べもせず、酒を飲んで引きこもっていたみたいで、部屋の中はすごい事になっていました。
 とりあえず二人してある程度片付け、ごみをまとめて空気を入れ替えている間、外で飯を食べようという話になり、嫌がる尾居を無理矢理着替えさせて、近くの飯屋に連れていきました。
 最初は、もそもそと食べていましたが、食べるにつれ、胃が動き出したのか、ガツガツ食べるようになりました。
 そして、人心地着いたのか落ち着いたようで、ぽつりぽつりと話始めました。

 どうやら、隣の空き地に建物が立ったのが原因らしいです。
 というのも、その竣工式に呼ばれた神主が、どうも結構なすごい人だったらしく、隣の尾居宅……というよりも、周囲の霊を払ってしまったようなのです。
「なら、終わるまで、外にいればよかったじゃないか」と言ったんですが、どうも、彼女の恨みというか、現世にしがみつく思いは、あの部屋にこもっている物の様で、その本質を大本から祓われたら、どこにいようが関係ない、と言ってました。
 竣工式が進むにつれ、薄れゆく彼女を抱きしめつつ、お別れを言い続け、最後には別れたくないと泣きはらし、今に至る、という事でした。
「いや、彼女がこの世の人でない事は解ってるよ? わかってるけどさ、こう、こんな形でお別れなんて、悲しすぎるし、思い出が多すぎるし……」とまた泣き始める尾居。
 結局、霊も人間だったんだなぁと思い、変な事を考えていたことを詫びる枝井。
 どう言っていいか解らないが、とりあえず失恋したという事が解り、慰める私という、ある種の青春の1ページがあったと思います。
 そんな尾居も今や、二人の子供を持つ父親になっています。
 成人病におびえ、リストラにおびえ、会社の倒産におびえ、それでも一家を精一杯支える立派な大人になってます。
 一緒に酒を飲みに行くと、会社や家族への愚痴と共に、あの頃の甘酸っぱい思い出として、懐かしい話をするかのような、遠い目をして、「あいつ、あの世で元気にしてるかなぁ」と酒を片手に静かにつぶやいています。

 ……少しいびつな形であっても、青春の一ページになった、という、どこにでもある、普通じゃない失恋話でした。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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