嘘でいいから

「もうだいぶ前だけど、なったことあるなあ。金縛り」  

 お昼過ぎ、再放送の心霊番組を見ながら、おじさんが急にそんなことを言いだしたのをよく覚えている。  
 中学生の頃の夏休み。祖父母の家に泊まりに来ていた私は、親戚のおじさんと二人で寛いでテレビを見ていた。  
 当時まだ小さかった従兄弟たちや他の大人たちは潮干狩りか何かに行っていたのだけど、楽しい磯遊びも日光アレルギーの私には却って苦行になってしまうので、家に残っていた。
 そこに仕事の都合で少し遅れてやってきたおじさんと、インドア派同士のんびり留守番をしていたのだ。
「金縛りって、さっきみたいなやつ? やばくない?」みたいな返しをした。  
 細かいところは忘れてしまったけど、ちょうどそのとき放送されていたのは、金縛りにあった主人公の胸に幽霊の女の人がのしかかってくる、というやつだった。
「あんなに極端じゃなかった。でも、耳の奥がぴーんてなって、ぐわっと体が動かなくなる感じ」
 疲労などが原因でそういった状態になるとは聞いたことがあったけれど、大人になった今なお金縛り未経験の私には、あまりピンとこない話だった。 
 麻酔みたいな感じなのかな、とか思っていると、おじさんが付け足した。
「毎日毎日なるから、慣れちゃったんだけどね」  
 怖い話の方だった。
 おじさんはなんというか、大変穏やかでマイペースで、悪く言えばぼんやりした雰囲気の人だった。だからか、子供を笑わせようとか、からかってやろうとかで冗談を言っているところを見たことがない。
 そんなおじさんの口から出てきた話だから妙な信憑性があって、興味が湧いてきた私は話を聞いてみることにした。

 ここからは、おじさんの言ってたこと。
 小学校六年の頃に新しい家に引っ越して、初めて自分の部屋が出来たんだ。でもそこに越してきてから、毎日寝るときに金縛りになるようになった。だから多分、その家が原因なんだと思う。
 その部屋では、いつも夜中にベッドに寝てると耳鳴りがしてきて、少しすると体が動かせなくなる。
 それから、ドアの外の廊下と、その奥の階段の方。
 明らかにそこだってはっきりわかるところから、ぎいぎいって音がしてくる。人が登ってくる感じがする。
 体が動かせないから大人しく聞いてるしかないんだけど、そうすると、こっちの部屋に近づいてきてるのがわかるんだよ。部屋のドアの前で、裸足の足の裏が床板に擦れてるのとかがなんとなくわかる。
 目で見なくても、ずっと夜じゅう『いるぞ』って主張してくる、みたいな。  でも、それだけ。
 さっきの怖い話よりかは、怖くないでしょ。
 部屋に入ってきたこともないし。何かしてくるわけじゃないから、慣れてきちゃって。中学に上がる頃には金縛りになっても、『あ、来たな』くらいに思って寝てた。
 親にも姉貴にも一応言ったんだけど、なんか無視されちゃったからさ。もうしょうがないかなって。ただ、起きてる時に会ったりしたら怖いから、夜更かしはしないようにしてたけど。

 こんな感じに、体験のわりには語り口がなんだか軽くて、ちょっとびっくりした覚えがある。
 あとは、おじさん割と度胸があるんだなあ、とか。もし私が同じ立場だったら、泣いて両親に部屋変えを頼むのに、とか。そんなことを思った。
「そりゃあ、怖くないわけじゃないけども。実害はないしねえ」
 なんて言うおじさん。
「ああ、そうそう。それ以外にもいろいろあったよ。居間のテレビの前で寝てたら、耳元で知らない人の声で話しかけられたりとか。まあ、日本語じゃなかったから何言ってるかわからなくて、金縛りよか怖くなかったかも」
 と、今まさに居間のテレビの前にいるときに追加の話をしだしたので、正直ぞわりとしてしまったから、私は聞いた。
「ここの家の話じゃないよね?」
 その時泊まりにきていたのは母方の実家。つまり、元おじさんの家でもあるのだ。
「違う違う、ここの一個前の家の話」
 おじさんが笑って言ったので心底安心して、そこで私は余計なことを言った
「じゃあ良かったねえ、今のなんも起きない家に来られて」
 おじさんが急に黙った。
「うーん」とか唸りながら微妙な顔で笑うだけでついぞ、うん、とも、そうだね、とも言ってくれなかった。
 ねえ、ここもなんかいるの。
 そう聞いても、首を傾げて曖昧に笑っていた。
 おじさんが正直なのは知ってるけど、ついてほしかった。嘘。

 あれから十年くらい経って、私はもうすっかり大人になった。
 でも、いまだにやっぱりちょっとだけ、あの家が怖い。

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