あの日の記憶

 小学校5年生の頃だったか、母と母の彼氏と一緒に県内の小旅行に出かけた。
 ペンションを借りての2泊3日旅で、1日目は観光地巡り、2日目は遊園地へ、3日目は温泉に行ってから帰る……という計画。
 私は大して親しくもない母の彼氏との旅行に多少緊張しつつも、1日目の観光地巡りを楽しんだ。

 予約したペンションに向かう道すがら、大型スーパーに立ち寄り買い物をする。
 夜、花火でもやろうかという話になり、花火もたくさん買ってもらった。
 ペンションに着き、車から降りる。 私の記憶はここで途絶えた。
 ドーン……ドーーーーーン……という、地鳴りのような音で目が覚める。
 気付くと、見知らぬ部屋で眠っていた。 どうやらそこは2階で、1階からは母と母彼氏の楽しそうな話し声が聞こえてくる。
 お母さんたちにはこの地鳴りが聞こえていないのかな……と、ぼんやりとした頭で考えていた。
 仄暗い部屋で、私は恐る恐る布団から出て、音の正体を確かめようと、窓に近寄ってカーテンを開けた。
 窓の外には深い闇が広がっていて、山のようなシルエットだけがさらに濃い闇となって遠くに見える。
 その山から、ドーン、ドーーーンと、大きな太鼓を打ち鳴らすような、不思議な音が鳴り響いているようだった。
 怖いのに、早く布団に戻りたいのに、その気持ちとは裏腹に、私は闇を見つめていた。
 そのうち、山の中腹あたりに、ぽっと灯りが灯った。
 と、そこで私の記憶は再度途絶える。

 次に気がついた時には、帰りの道中、車の後部座席で外を眺めていた。
 一面のりんご畑が夕焼けで橙色に染まっている。
 あれ? とも思ったが、何故だか母に確認する気が起きず、そのままやり過ごすことにした。
 母彼氏に家まで送ってもらい、別れを告げて彼氏を見送った後、玄関の鍵を開けた母が、ドアから落ちた一枚の紙切れを拾い上げた。
 それを読んで、口元に手を当てる母。
「どうしたの?」と聞くと、母は驚いた表情のままこちらを向き、「A君、亡くなったって……」と、私に告げた。
 A君は母の友人の子供で、私と同い年の男の子だ。 私もその子ととても仲が良く、しょっちゅう遊んでいた。
 当時は携帯電話が出始めた頃。 旅行中で家電にかけても出なかった為、どうやらA君のお母さんと共通の友人が、家に来ていたようだった。
 私は何故か、ああ、A君がそれを伝えに来たんだな……と、その事実をすんなりと受け入れていた。
 後に母に確認したが、旅行中の私は心ここに在らずと言った雰囲気で、ぼーっとしていることが多かったという。
 年頃の女の子だし、母親の彼氏との旅行に、緊張して強張っているのかと思っていたそうな。
 1日目には、ご飯も食べずに自分でペンションの2階に行き、勝手に眠っていたらしい。

 あの時のことを思い出そうと頑張ってみたが、どうやってもペンションの2階で目覚めた時のことしか思い出せないでいる。

朗読: おひるね怪談

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